今野誠一の“マングローブ的生き方”ブログ

2008.09.15日記
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俊太郎少年の詩

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詩人の谷川俊太郎の『二十億光年の孤独』という詩集を読みました。

高校を卒業して大学進学を拒否して、将来をどうしたものかと思っていた時期に、父親の谷川徹三が、俊太郎少年の二冊の詩作ノートに感動し、友人で詩人の三好達治に送りました。
それを見て感動した(新しい時代の詩の息吹が、身近な少年のノートにあったこと)三好達治のはからいで、ノートから文芸雑誌『文学界』に掲載されたことから、谷川俊太郎の詩人としての人生が始まったといいます。

谷川俊太郎がまだ少年の頃に書いたという「地球があんまり荒れる日には」という詩が、一番心に残りました。

日々の雑事におわれ、視野が極端に狭くなっている時などに、大きなスケールに接したくなることがあります。
虫の視点、鳥の視点などという言い方で、物事の詳細をきちんと見ることと、大きく俯瞰して見ることのバランスが重要ということを言ったりします。
往々にして、俯瞰して見ることが難しくなりがちです。

まだ10代の俊太郎少年は、実に宇宙的な視点で物事を見、自分の人生も考えていたんですね。

地球が荒れる日に、火星に視点を移し、月が第三者で見ていると言う。
沢山の星の注視をイメージしている。


『地球があんまり荒れる日には』


地球があんまり荒れる日には
僕は火星に呼びかけたくなる

  こっちは曇りで
  気圧も低く
  風は強くなるばかり
  おおい!
  そっちはどうだあ
  月が見ている
  全く冷静な第三者として
  
  沢山の星の注視が痛い
  まだまだ幼い地球の子等よ

地球があんまり荒れる日には
火星の赤さが温かいのだ



イメージが貧困になった時、視野が狭くなっている時、リフレッシュしたい時、時々詩を読みます。
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