今野誠一の“マングローブ的生き方”ブログ

2010.08.08日記
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思いの溢れる挨拶

今日は、義姉の葬儀・告別式でした。

喪主(兄)の挨拶に涙を止めることができませんでした。
闘病生活の4年間が、兄の脳裏に走馬灯のようによみがえっていたようでした。


誤解を怖れずに話をさせていただきます。

闘病の4年間、私達は本当にいい時間を過ごしたと思っております。

この間、妻を優先して生きることができました。

お互いに思いやりの気持ちで過ごすことができたと思います。

この思いやりに満ちた時間は、私に生きていく上での多くの気づきを与えてくれました。

これから息子と二人で生きていくことになりますが、その気づきを生かして、妻の分まで生きていきたいと思います。



兄の挨拶は、本当に心のこもったものでした。
涙に時折絶句しながらも、最後まで気丈に見事な挨拶でした。
兄への新たなる尊敬の気持ちが湧いてきました。

その後の、出棺から火葬、精進落とし、納骨の流れは、葬儀屋さんの見事な仕切りで流れるように進んでいき、ともすると機械的なベルトコンベアーに乗っている状態になりそうでした。

節目節目で、生前の義姉を思い、冥福を祈り、今後の兄一家の人生が幸せでありますように、祈り上げるように集中していました。





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この記事へのコメント
  • ogaさま いつもありがとうございます。「そういう亡くなり方は、ある種の優しさ」←なるほどそうかもしれません。葬儀関連のシステムもそうかもしれませんね。何事も批判的に見る癖がついていていかんですね。気づかされました。ありがとうございます。

    Posted by 今野 誠一 | 2010/08/09
  • お義姉様のご逝去、心よりお悔やみ申しあげます。
    誤解を恐れずに言いますと、亡くなるまで時間がかかった方とは、そういういい時間も過ごせる。私の母方の祖父は突然亡くなったので、周囲の者に「あれもしてあげたかった・・・」という後悔の念が残りました。闘病している方も、周囲も大変ですが、そういう亡くなり方は、ある種の優しさのような気もします。もちろん周囲に迷惑をかけず亡くなりたい、と人はみな思うものですけれどね。
    お葬式は、ある種システムに乗っているからこそ、悲しみがその忙しさに紛れるのかな、と思います。全て終わってしまうと、喪失感と空虚感が押し寄せ、なんだかじんわり寂しくなるような気がします。お兄様もがっくりくるのはこの後かもしれませんね。
    亡くなられたお義姉様の分も、お兄様とおいごさんが、健やかにお過ごしになられますように・・・。

    Posted by oga | 2010/08/09

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