今野誠一の“マングローブ的生き方”ブログ

2011.03.09日記
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人生は点線である

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週2回から3回はジムでトレーニングをし、二次会は行かず、食生活にも気を配っている僕のその目的は、コンディションをいつもよく保って、いい仕事ができるようにしようということ。それから、いつでも機嫌よくいられるようにしようということ。

 

ブログにもあんまりネガティブなことは書かないし、twitterでもfacebookでもそうだし、

ましてや研修のような場では、元気を皆さんにお分けしたいという意識で臨んでいるから、皆さんに言われるんだよね。

「今野さんって、24時間、一日中ずっとそんなに元気でいられるんですか?」って。

「今野さんって、365日ずっとそんなに元気でいられるんですか?」って。

 

そんなわけないだろう・・・(--;)。

僕だって人間だし、53歳のただのオッチャンなんでね。

夜はちゃんと寝るしね。

ハードな仕事がしばらく続くと、くたびれちゃって、まったく口もきけないし、起き上がれなくなる時もあるんだよね。

 

どんなに体を鍛えて、どんなにメンタル的に強靭でいられたとしても、24時間365日元気でいられる人なんていないんだよね。

 

若い頃は、やる気を無くした時、元気を無くした時、ひどい時には病気になった時、自己嫌悪的な気持ちになっていたもんだったんだよね。「なんで俺ってすぐにこうなっちゃうのかなあ。なんでずっと元気でいられないんだろう」ってね。

 

だから、部下にも厳しかったんだなあ。体調が悪くて遅刻したり休んだりしても直接言うかどうか別にして「気合いが足りない」と内心怒っていたからね。

 

人は波があって当然で、浮いたり沈んだりして生きていくんだよ、ということがよく分かっていなかったかもしれない。

 

今はそれがよく分かるんだよね。

 

 

IMG_0824.png養老孟司氏が「養老訓」という本の中で、「人生は点線だ」って書いてて、それを読んで「そうだなあ」「うまいこと言うもんだなあ」と感心した。彼が言っているのは、死ぬことを受け入れろってことなんで、ちょっと意味は違うかもしれないんだけど、僕の中では「人生は点線だ」というのは、波があって、浮いたり沈んだり、休息があっても当然なんだ、という風に受け止めているんだ。

私は最近、「人生は点線だ」と言っています。意識を考えてみれば点線だということです。誰でもしょっちゅう意識が切れているじゃないですか。夜寝るとき、昼寝するとき、必ず意識が切れます。毎日毎日無意識状態を経験しています。死ぬということは最後に意識が切れてもう戻ってこない状態です。心の持ち方として、寝るときと同じくらいに考えておけばいい。どうせ死ぬということは、よくわからないことなのです。死ぬということを素直に人生の一部として当然考えに入れておく。それがやっぱり自然ですから。(養老孟司著「養老訓」より)

 

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