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2011.11.02日記
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「一念発起」という言葉がわりと好きだ。
意味は「それまでの考えを改め、あることを成し遂げようと決意し、熱心に励むこと」。
悪しき習慣を気合を入れて修正していくことでもあるんだ。
ここしばらく、色々な事件と、大きな仕事におわれて、文化の香りに触れる機会を失った毎日だった。
今日は平日ではあるが、祝日の明日もある講演の準備にあてる予定なので、午後の時間を思い切って「文化に触れる」時間に当てることにした。正に「一念発起。思い切らないとこういうことはできない。
本当は一箇所に丸一日入り浸って、じっくり鑑賞したいところなんだけど、そんな時間はこの先しばらく到底取れそうもないので、無謀にも二箇所の文化施設を訪ねることにしたんだ。
それは上野の「東京国立博物館」と六本木(乃木坂)の「国立新美術館」だ。
【法然と親鸞】
まずは上野から。東京国立博物館の平成館は、1999年に皇太子殿下の成婚を記念して建設された新しい展示館である。ここでは、近年「阿修羅展」や「空海と密教」や今回の「法然と親鸞」など、仏教関連の展示が多いのが特徴だ。
僕は、楽しみにしていた夏の「空海と密教」を観そびれてしまったので、今回の「法然と親鸞」は是が非でもみたいと強く思っていたんだ。
保元・平治の乱などの戦乱や地震などの天変地異が続き、政治・社会が混迷した平安末期。来世の往生を願った富者は財を尽くして功徳を積み、僧侶は教義論争に明け暮れるなか、鎌倉仏教の先駆者・法然(1133~1212)は現れた。民衆を含む万人の救済を考えた法然は、「念仏をとなえれば誰もが救われる」と阿弥陀如来の名号をとなえることを説き、浄土宗の宗祖となった。その教えを受けたのが、40歳年下で、のちに浄土真宗の宗祖となる親鸞(1173~1262)である。法然と同じく比叡山で修行を積んだ後、29歳のとき法然に出会い、たとえ地獄におちようとも、その教えを信じて念仏をすると決断した。しかし専修念仏の教えは既成教団から弾圧を受け、法然は四国へ、親鸞は越後へ流罪となる。その後、二人が再会することはかなわなかったが、 親鸞は越後への配流後、関東などでの布教活動を経て、京都に戻り、真摯な研鑚を続けて思索を深めた。
この特別展は、法然没後800回忌、親鸞没後750回忌を機に、両宗派からの全面的な協力を得て、法然と親鸞ゆかりの名宝を一堂にあつめ、その全体像を紹介する、史上初の展覧会である。国宝・重要文化財が半数を占める第一級の美術品およそ190件をとおして、二人の生き方やその魅力が紹介されている。
190件もの名宝を観る時間はないので、ざっと一周して印象に残ったものに時間をかけて、後で全体を整理して学べるようにと、公式図録を購入した。全400ページ弱の、圧倒的な迫力の図録である。
図録の一部(権利関係の問題もあるんで雰囲気だけなんだけど)を紹介すると、下の右ページは、「法然上人伝記」と呼ばれる、法然の法語と行実とを収録した文書。法然の伝記類では、最も古い時代のものの一つとされているという。
江戸初期に醍醐寺の義演准后によって書写されたことから、醍醐本『法然上人伝記』とよばられる。作者は不明であるが、法然に18年間随従した勢観房源智(せいかんぼうげんち:1183~1238)あるいはその系統の人によってまとめられたと考えられているという。
左ページは「源空(法然)・証空書状」。
これは、早くから存在が知られていただ、他に自筆の書状がないためその真偽については定まっていなかった。ところが、昭和37年、奈良・興善寺の阿弥陀如来立像の内部から、数点の門弟の書状とともに3通の源空書状断簡が発見され、とくに2点の懸紙に記される署名「源空」が、この清凉寺所蔵法然書状の署名や筆跡と一致したことで、双方がとおに真蹟であるとの評価を受けたことになったという。
熊谷直実(蓮生房、1141~1208)の質問に答えた法然の書状で、極楽往生を願うのであれば、ひたすらに阿弥如来の本願の行である年尾つを称えなさい。その上で他の持戒・誦経・誦呪・理観などを加えたければそうしても構わない。一身に3万・5万・6万の念仏を称えていれば、たとえ少し戒律を破っても往生できなくなることはないと、念仏による往生の心得などを懇切に説いている書状であるという。
下のページは、「親鸞聖人絵伝」。
親鸞聖人の伝記絵は永仁3年(1295)の初稿本の絵巻形式から発したが、すぐに絵を掛幅の形にして多人数が同時に見られるものが現れる。掛幅形式の伝記絵自体は聖徳太子絵伝をはじめごく古くからあるが、現存するもののうち親鸞絵伝で最も古いものがこれである。
この他にの、法然上人坐像や親鸞聖人坐像などの「像」も多数展示されていた。
しばし、時間の流れが止まり、平安初期の時代に思いを馳せるという、ロマンあふれる時間を過ごした。
【モダン・アート,アメリカン】
続いては、乃木坂駅と直結の「国立新美術館」へ。
この曲線の美しいフォルムは、故黒川紀章氏の手により、この建物が遺作となったとのこと。
開催中の「モダン・アート、アメリカン~珠玉のフィリップス・コレクション~」を鑑賞した。
首都ワシントンの中心地からほど近い、緑豊かな美しい住宅街の一角に建つフィリップス・コレクション。
ニューヨーク近代美術館の開館に先立つこと8年、1921年にアメリカ初の近代美術館として一般公開された。
本展は、そのコレクションから110点の作品を集め、19世紀後半からアメリカン・モダニズムの時代を経て、ポロック、ロスコに代表される戦後のアメリカ絵画隆盛期にいたるアメリカ美術の軌跡をたどるものになっている。
ヨーロッパのそれとは違う、固有の風土と歴史の中で独自の表現を追求しつつ培われてきたアメリカ美術の雰囲気が存分に感じられる展示になっていた。
特に見入ってしまったのは、エドワード・ホッパーの「日曜日」。都会の憂愁がジワジワと迫ってくる絵なんだ。
そして、ロックウェル・ケントの「若い男の埋葬」。ジョン・マリンは「自然の情景ではなく、画家が見たもの、画家が表現したものを見なければならない」と語ったという。「若い男の埋葬」は、ロックウエル・ケントのとらえた自然の情景と若い男の「死」というもののコントラストから、とてつもない悲しみが切々と伝わってくる。
第1章:ロマン主義とリアリズム
第2章:印象派
第3章:自然の力
第4章:自然と抽象
第5章:近代生活
第6章:都市
第7章:記憶とアイデンティティ
第8章:キュビスムの遺産
第9章:抽象表現主義への道
第10章:抽象表現主義
作品は、上の10のジャンルに分かれ、アメリカ美術の軌跡を追い掛ける形で鑑賞できるようになっていた。
こちらも110の作品をじっくり鑑賞する時間がないので、「THE PHILLIPS COLLECTION」のカタログを買い求めて帰った。
これをゆっくりと眺め、目星をつけて会期中に再度鑑賞に訪れることにしたい。
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