今野誠一の“マングローブ的生き方”ブログ

2011.12.21日記
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北風と太陽

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「人生って北風と太陽」と誰かが歌の歌詞で書いていた。

 

作者がどんな思いを込めたのかはわからないけど、これはいろんな意味を含んだ深い歌詞のような気もする。

 

「北風と太陽」は、あまりにも有名で説明の必要もない、イソップ寓話のひとつ。

 

kitakaze.jpgあるとき、北風と太陽が力比べをしようとする。そこで、旅人の上着を脱がせることができるか、という勝負をする。

1. まず、北風が力いっぱい吹いて上着を吹き飛ばそうとする。しかし寒さを嫌った旅人が上着をしっかり押さえてしまい、北風は旅人の服を脱がせることができなかった。
2.  次に、太陽が燦燦と照りつけた。すると旅人は暑さに耐え切れず、今度は自分から上着を脱いでしまった。


これで、勝負は太陽の勝ちとなった。
 

これには、また別の話もある。北風と太陽がした勝負は最初は旅人の帽子をとることだった。最初、太陽は燦燦と旅人を照り付けると、旅人はあまりにもの日差しで帽子をしっかりかぶり、決して脱がなかった。次に北風が力いっぱい吹くと、みごと簡単に帽子は吹き飛んでしまった。その次に行った勝負は旅人の上着を脱がす勝負だった。この勝負の結果は周知の如くである。
 

この別の話の教訓は、何事にも適切な手段が必要である、ということである。一方でうまくいったからといって、他方でもうまくいくとは限らない。その逆も然り。しっかり、結果を見据えて、手段を選ぶべきである

 

これは、物事に対して厳罰で臨む態度と、寛容的に対応する態度の対比を表す言葉として用いられるわけなんだけど・・・。

 

個人的にはあまり好きな話ではないんだな。

 

「適切な方法で、適切な態度で人心をコントロールしよう」という感覚そのものがね。心理学を根拠として、一人ひとりのモチベーションをコントロールしていこうという考え方もある。

 

組織というものが、ある目的、しかも一人でできないような大きなことを成し遂げるためにあり、役割分担のもとで責任を果たしていくように編み上げられているという宿命からすれば、一人ひとりの行動は合目的的である必要があり、パフォーマンスも問題になるわけで、やむを得ないことではあるんだけど・・。

 

僕は人間の心というものは心理学で解明され尽くしているとは思わないし、解明し尽したとして、それを組織運営のしかも一人ひとりをコントロールするために生かしていくことには嫌悪感を感じる。

 

社員たちは会社の目的を達成するためのマシンとして会社に来ているわけではないという考え方が必要なんだよね。道具ではないということ。会社に来ている目的は生きるため。会社に来ていることが人生そのものだと思うんだよね。

 

そう考えていくと、テクニック的に考えるのではなくて、一人ひとりの人生を向き合うというスタンスが必要なんだろうと思うんだな。

 

大きな会社になると、僕みたいな零細企業と違って社長が一人ひとりの社員の人生と向き合って、会社が何を支援でき、一人ひとりはどんな責任を果たせるのかを話し合うことは無理なのは当然で、部長や課長、あるいは人事部などが、そういうスタンスで考える必要があると思うわけだ。

あらら、書き出しと最後が合わなくなってきたかな。

「人生は北風と太陽」という感覚で、策を弄するというか、テクニックではなく、「人生と向き合う」という人間的つきあいがしていきたいという決意表明になってしまったな。

 

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