今野誠一の“マングローブ的生き方”ブログ

2009.03.13人物列伝
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兄からの刺激

昨日、学歴の話題だったんだけど、学歴ということでは、兄の話を書いておきたい。
(別のところでも書いたことがあるので、読んだ方がいるかもしれないけど)
 
ボクには三人の兄がいて、皆尊敬している。
三人とも苦労人なんだよね。家が貧しかったからね。
兄達から、生きる上での多くのことを学ばせてもらった。
 
今日は長兄の話。
 
家庭の事情もあり、兄は中卒で就職した。
体も弱かったこともあいまって、何度かの挫折を味わったんけど、それを乗り越えて、日本でも一番の某鉄鋼会社に勤め、子供も二人りっぱに社会に送り出した。
 
ボクが会社を退職し、マングローブ社を立ち上げる時も、色々と相談に乗ってくれた。
アドバイスは具体的で、実践的なものだった。
 
「独立したなら、人への接し方に気をつけなさい。特に元いた会社の部下の方への接し方に気をつけなさい。元部下でも今は別の会社の人。腰を低くして、お客様として接しなさい。そういうところに人柄が出る。商売とはそういうものなんだからな」
 
もうひとつ、こうも言われた。
「"生きがい"ということを真剣に考えなさい。とことんまで追求したかと自分に問いかけなさい」
 
二つとも、ボクの心にずっと残る言葉だった。
 
兄は、何度かの転職の末に、前述のように某一流鉄鋼会社に勤務し、立派な家も建て、何も不自由のない生活を手中にしているように見えていた。
 
しかし兄は、50歳の声を聞く頃になって苦悩し始める。
 
「このことが本当に自分のやりたいことだったのか」
「大企業に勤務できたことに安住している自分はこのまま人生を終えていいのだろうか」
「もっと違う、自分らしい世の中への貢献の仕方があるんじゃないか」
 
兄は、新たなる「生きがい探し」を始めたのだ。
現状に甘んじることなく、自分の一番得意なことで、今以上に世の中に貢献して、自分自身も生きている喜びを感じられること。
 
兄は、歌が好きで、昔からよく歌っていた。
玄人はだしという言葉があるけど、兄の歌は、本当に上手だった。
 
兄は苦悩の末に、なんと「千葉県の老人ホームを歌で慰問する」というボランティア活動に取り組むことを決断する。
 
しかし、やりたいからといってすぐに何でもできるほど世の中甘くは無い。
慰問を決意したものの、何のあてがあるわけでもないのだ。
 
しかし、こうと決めた時の兄の行動は素晴らしい。
あるホームに「飛び込み営業」をする。「歌わせて欲しい」と。
無情にも、けんもほろろの反応だった。
諦めずに、何件訪ねても門前払いが続いたと言う。
 
どこの馬の骨かもわからない、ただのサラリーマンに好意的な反応はゼロ。
それでも、これを「生きがい」に、と決めている兄は粘る。

数十件回った頃に、「じゃあ、試しに一回やってみて」と言ってくれるところが現れる。
天の助けと拝むようにステージに臨んだと兄は語る。
 
兄の歌は「演歌」。
それも昭和初期の頃の歌はほとんど知っているという強みがあった。
「公演」当日、初めは無反応のおばあちゃんおじいちゃんも、兄の懐かしさあふれる「歌」と、これまた懐かしさあふれる「トーク」に引き込まれ、拍手喝さい。
大好評のうちに初公演が幕を閉じたという。
 
口コミというのは凄いもので、その話を聞きつけた他のホームからも声がかかり始める。
最初の頃に門前払い扱いをしたホームからも「ぜひやっていただきたい」と連絡が舞い込むなんてことも起こる。
その後に、地道に回数を積み重ねていった末に、なんと年間100ステージ以上をこなす「売れっ子歌手」が誕生した。
(今は、だいぶペースは落としているようだけど)
 
たった一人で自分の車に機材を積み、自分で司会をして、自分でカラオケのテープを回し、歌う。
そして曲の合間合間に、おばあちゃんおじいちゃんに語りかける。
兄は故郷の岩手を離れて40年経っている今でも、ステージでは「ズーズー弁」で通している。
 受けを狙っているわけではなく、その方が自然な自分で、本音のトークができるのだという。
 
「自分が故郷を離れた時のこと」「両親への思い」「わが人生」を朴訥に話すトークも人気の秘密なのだ。
 
ファンレターを読ませてもらったことがある。(なんとファンレターも来るのだ)。
 
あるおばあさんからの手紙には、寂しいホームでの暮らし、家族との距離感の中での心の隙間に、兄が一服の清涼剤になっていること、娯楽室に兄のショーの知らせが貼り出されると、指折り数えてその日を待ちわびていること、ショーを待つことが生きがいのひとつになっていること、等々が切々と綴ってあった。
 
この活動の話をする時の兄は本当に生き生きしている。
 
勤務先も活動を認めて、社内報にも取り上げられ、地元の新聞にも話題になった。
兄は今でも、仕事を続けながら、自分の時間はほとんどなしでボランティアを続けている。
 
兄に言ったことがある。「自分の時間がなくて大変だな」って。
 
兄は言った。
「何言ってんだよ。これが“自分の時間”なんだよ」
って。
 
中卒の兄だが、50歳を過ぎて、仕事とボランティアの活動をしながら、なんと高校にも通い始めて、めでたく高校卒となった。
兄は笑いながら言った。
「ようやくお前に追いついたぜ」
 
兄が高卒の資格を手に入れたのは、学歴へのコンプレックスではない。
明確な夢に向かっての行動なのだ。
「将来は福祉の世界で生きていきたいと思ってさ。色々資格を取るのに中卒じゃ具合い悪いだろう」
さらっと言ってのける兄は、最高にカッコよかった。
 
兄を見ているとつくづく思うだよね。
学歴なんて関係ないなあ・・・ってね。
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この記事へのコメント
  • kowatariさま ありがとうございます。自分らしい人生を歩みたいですね。

    Posted by 今野 誠一 | 2009/03/17
  • kugisanさま 地方巡業ですか~~。ウーム。仕事をちゃんとしながら、ボランティアもやっているからカッコイイんですよね~。仕事はしないで、ドサ回りだけだと、ある意味カッコ悪いかも・・・・・。

    Posted by 今野 誠一 | 2009/03/17
  • ステキな人生の先輩!
    自分らしさを見つけている人って
    やっぱり、迷いがないし、カッコイイ。

    それは、悩みぬいた後だからかもしれませんが。

    Posted by kowatari | 2009/03/15
  • かっこいい!素敵な話ですね。素晴らしい兄ちゃんですね。
    僕らも早いとこ経営を若いやつらに任せて、ギターを背負いながら地方巡業しましょうよ。太平洋側の地方では登る朝日を拝み、日本海側の地方では沈む夕日を追いかけながら…。

    Posted by kugisan | 2009/03/15

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