繋ぐ 経営者対談

2010.01.07 UPVol.8

株式会社ユニックス 水島達也会長 株式会社テレコメディア 関田勝次社長

『経営者に聞く!事業継承の真髄とは?』 (前編)

8回目となる今回の対談は、都市近郊エリアを中心に26店舗の美容サロンを展開する株式会社ユニックスの代表取締役会長 水島達也さんと、テレマーケティング業界のパイオニア、株式会社テレコメディアの代表取締役社長 関田勝次さんにお越しいただき、「事業継承」をテーマに語っていただきました。

  • 経営者対談

  • 経営者略歴


【事業継承とは社会的使命である】

 
今野     最近立て続けに老舗企業の経営者の方々にお話を聞く機会に恵まれまし
        た。直接インタビューする機会をいただいたり、講演会でお話を伺ったり
        するなかで、事業継承と一言で言っても、その企業、経営者によって考え
        方が違い、その結果が次の世代の組織の姿に映し出されることを学びまし
        た。
 
        今正に事業を次世代に譲ろうとされているお二人に、どんな思いで、
        誰に、いつ、事業を譲ろうとされているかなど、今日は本音を探りたいと
        思っています。
 
水島会長  改まって、こういう真面目なテーマで話をするっていうのも、お互いに照れ
        ますね(笑)。
 
関田社長  そうですね。でも、こういう機会をいただけるってことがとても嬉しい、本当
        にありがとうございます。日頃自分の中だけで考えていることを、他の経営
        者はどう考えているのか、私自身の学びの場になりそうです。


今野     それでは、今日はどうぞよろしくお願いいたします。関田社長から橋本
        力哉さんを紹介されて、インタビューに伺ってから1年近く経ちますが、
        あの時は本当に驚きました。突然連絡をいただいたと思ったら「後継者を
        ぜひ紹介したいから」と。しかし、直接橋本さんにお会いして、彼の真摯な
        態度や情熱に非常に好感を持ちましたし、正直「関田さんは素晴らしい
        後継者を見つけたなあ」と羨ましくなりました。その後は、順調ですか?

        

関田社長  その節はお世話になりました。おかげさまで、継承の準備は着実に進んで
        います。来年でちょうどテレコメディアは30期を迎えるんですが、来期を
        通して橋本の社長としての予行練習期間にしたいと考えています。
        人事権賞罰権、表彰権などの決定権をほぼ橋本に移譲し、まずは様々な
        経験を積ませ、31期に突入するタイミングで代表取締役に就任させたい
        と。
 
今野     なるほど。かなり具体的なところまで進んでいらっしゃるんですね。
        この1、2年はテレコメディア創業以来の組織変革期を迎えているのでは
        と思いますが、社内的には橋本力哉さんが次期リーダーとして組織を
        引っ張っているという風潮に変化しつつあるんですか?
 
関田社長  そうですね、徐々に変化は現れてきているんじゃないかと思っています。
        自分の仕事を今一番評価してくれるのは誰なのかを皆分かっています
        からね。すべての決定権は専務にありますから、皆の目は専務に向いて
        きているように思います。
 
水島会長  関田さんのところは、事業継承としては非常に理想的なかたちで進んで
        いるんじゃないかなあ。後継者の選び方には、自分の子どもにバトンを
        渡す世襲制や番頭が昇格して代表になるケース、または外部からスカウ
        トするとか
様々なパターンがあるけれど、テレコメディアは娘婿が事業を
        継ぐっていうんだから、非常に素晴らしいケースだと私は思うよ。
 
関田社長  実は過去に事業継承を試みようと思った時期もあったんのですが、
        なかなか思うように進まずに。でも、今回はきちんとバトンが渡せるよう
        な気がしているんです。
 
水島会長  事業継承するのに必要なのは、まずは客観的な判断なんですよ。相手が
        後継者として能力や適性があるかどうかを見極め、あると判断した方に
        全てを委ねることができれば、相互に納得感が出る。でも、仮に自分の
        息子や娘に引き継がせるとなると、どうしたって客観的な判断ができなく
        なってしまう傾向がある。
 
        一方で子どもも、その環境に生まれたからという理由だけで受け継がざる
        を得ず、仮にうまくいかないとしても「しょうがないよ、息子だし」と周囲から
        言われ、本人もそんな環境に甘んじてしまう傾向がある。そういう意味
        では、娘婿は全くの他人というわけでもないし、でも客観的な立場で見極
        めることができる、だから、関田さんは最高の選択ができたと思うよ。
 
関田社長  そうですね、私はある意味幸運に恵まれたのかもしれない。
        後継者をどうしたらいいんだと悩んでいた時期のことを考えると、
        今は本当に幸せです。
        一方で、橋本にも感謝しないといけないと肝に銘じているんです。
 
        新卒で入行して、同じ行員でもなかなか経験しないような機会に恵ま
        れていましたから、ある程度のポジションまで這い上がっていくんだろう
        なあと感じていました。ビジネスマンとしても素晴らしい青年に娘を嫁がせ
        たと
いうだけでも私自身が幸せだったのに、その上銀行とは比較になら
        ない、年
商40億円程度の会社に入ってくれたんですから。

        

水島会長  橋本力哉さんが入社して跡取りになると決まってから、関田さんの表情
        が変わったと思いましたよ。次にバトンを渡す人を見つけられた安堵感に
        満ち溢れるようになったというか。
 
関田社長  本当ですか?自分自身は心持ちが変ったとは感じていないんですが。
        親バカになるからあまり大きな声では言えないんですが、橋本力哉とい
        う男はテレコメディアの後継者というよりも、
日本の経済界に出さないと
        いけない逸材なんだという目で見ています。
 
        今はまだ30代と若いですが、あと10年経つ頃にはきっと日本経済を引っ
        張るような人材になっているはずだと。それくらいの器を備えた人間だろ
        うと確信しているからこそ、いつも彼に言うんです、「前年度比何%アップ
        という、テレコメディアの明日だけを考えるだけじゃなくて、もっと大きい
        スケールで物事を考えていきなさい」とね。
 
今野     関田社長は、心から橋本さんに惚れ込んでいらっしゃるようですね。
        まあ、先日ご紹介いただいた際もそんな雰囲気を感じ取りましたが。
 
水島会長  それは言葉の端々にも表れていますよ。例えば、“娘婿”とか“義理の
        息子”ではなく、普段の会話では必ず“うちの息子”とか“うちの力哉”と
        自然に出てくるから。とことん惚れ込んでいる証拠だと私は思いますよ。
        よく男が男に惚れるっていうけれど、誰に事業を譲るかという時に一番
        重要な部分だと思う。考え方は色々だとは思いますが、譲る相手に自分
        は惚れているかってことを確認することは大事なんじゃないでしょうかね。

        


関田社長  
それは同感です。事業継承って、誰が継承しても必ず何かしらの問題に
        ぶち当たるものなんです。波乱があるのが当たり前、ない方がおかしい。
        特にオーナーの思い描いた通りになんていくわけがないんです。
        そんななかでも、相手に惚れている部分が少なからずあれば、事業継承
        はうまくいくはずです。最終的には信じた相手に任せたいという結論に
        なるでしょうから。
 
水島会長  その気持ちはよく分かるなあ。事業継承は日本の家制度の延長では
        ないんですよ。ところが、あくまでも家制度の延長線上に事業継承が
        あるような捉え方、考え方をしている経営者がまだまだ少なくない。
        親父が始めた事業は血の繋がった息子が継ぐのは当たり前だという
        ように。
 
        しかし、事業というのは社会的使命を帯びているわけなんですよ。
        だからこそ、この先どうやってその使命を果たし続けていくのかということ
        も念頭に入れながら継承していきたい。
 
関田社長  全く同じ意見です。ご存じだと思いますが、水島さんのユニックスも非常に
        ユニークな会社です。美容学校を運営して美容師を育て、社員として
        迎え、美容師として、それから人として一人前にしようと社員一人ひとり
        から毎日メールをもらう仕組みを作り上げた。そのことによって美容師の
        職業イメージを向上させ、人間としての教育に長年エネルギーを注ぎ続け
        ている、業界でも稀な会社です。
 
        ところが、何を隠そう中小企業の創業者というのはあまり利口な方では
        ない、自分も含めてね(笑)。それというのも、計算ずくではなく、自分の
        感性だけを信じて30年間突っ走りながら経営してきましたから。
 
        埼玉県や千葉県、神奈川県で美容サロンチェーンを展開している
        ユニックスですが、その名を知っている人もいるけれど、知らない人
        だってまだ大勢いるでしょう。30年間一生懸命走り続けた結果がここま 
        でで、これ以上はないとは経営者としては決して思いたくないわけです。
 
水島会長  本当にその通りだと思うよ。だから、次のバトンを受けてくれる人が仲間
        に加わってくれた時に、ユニックスがレバジッドにならないといけない。
        そうしないと、社会的使命を果たせない気がするんだよね。
 
関田社長  我々のような創業社長は、ゼロから事業を立ちあげ、在りたい姿を目指
        して駆け抜けてきたんです。人を採用するのも、教育も、そして出店計画
        や資金繰りに関しても全部自分でやってきたんです。
 
        一方で、自分の成せる技にある程度の限界も感じているんです。
        願わくば、30年かけて成し遂げてきたことの価値を、後継者によって
        高めてもらいたい。これまでの良さを理解して、どのようにしてレバレッジ
        するのかが後継者の腕にかかっている。
 
水島会長  今の26店舗から50店舗にするとか、全国展開をして規模拡大を図るん
        だというのでは、私がやってきたことの延長線上でしかない。
        さらに新しい展開を考えない限り価値は上げられないと思っているん
        です。

 
        そう思っているからこそ、世界に目を向けることができる人材にユニックス
        を託さないと譲る意味はないと思っているんです。この会社をさらに成長
        させていきたいと考えるならば、首都圏に店舗を構える一美容会社では
        なく、世界規模で物事を考えられ、実行できる人に次世代を担ってもらわ
        なければいけないんですよ。
 
今野     既に託したい方の目星はついているということですか?
 
水島会長  相手の都合もあって残念ながらまだ公表はできないのですが、お互い
        の合意はとれています。私がビジネススクールに通学していた時に
        出会った人で、様々な話を聞くうちにピンときまして。この人に託すしか
        ないと。それ以来ずっとオファーをし続けて、やっと念願が叶う段階まで
        来ました。
 
今野     そうですか、それは公式発表が待ち遠しいですね。
 
水島会長  彼のグローバルな視点や経験が、新しいユニックスの価値を生み出して
        くれると信じているんです。
 
        以前の対談でも話題にしたんですが、アメリカに視察に行った時の経験。
        これが後継者選びに影響しているんです。アメリカという国は、人々の
        生活を楽しくすることや、生活をすることの喜びをビジネスにしていくことに
        長けた国ですよね。
 
        シアトル郊外を含めワシントン州に数店舗出店している美容サロン
        『ジーン・ウォレス・サロン』というのがあるんですが、店舗面積は平均で
        500坪、最も広いところで800坪もあって、
ショッピングセンターのメイン
        テナントになっている。
マッサージやネイルケアも含む事業を展開し
        総売上げが、なんと年間60億円。しかも町中の人が『ジーン・ウォレス・
        サロン』を愛し、生活する上で無くてはならない、とても大切な存在として
        位置付けているんです。
 
        ユニックスも新しい価値を提供できる存在になるために、新しい視点と
        風を取り入れていく必要があるのです。


ご意見・ご感想をお待ちしています

経営者略歴

株式会社ユニックス 代表取締役会長
水島達也氏 (Tatsuya Mizushima) 

1945年 東京生まれ
1963年 大宮商業高校卒業
1975年 株式会社ユニックス設立
同年  代表取締役に就任

水島達也会長のインタビューを読む

株式会社テレコメディア 代表取締役社長
関田勝次氏 (Katsuji Sekita) 

1949年6月 生まれ
1973年3月 明治学院大学経済学部商学科卒業
1973年4月 株式会社ホテルグランドパレス入社
1980年3月 同社退職
1981年5月 テレコメディアの前身株式会社ワコーを設立
1983年1月 株式会社チェスコム秘書センターを設立
1998年3月 社名を株式会社テレコメディアに変更

関田勝次社長のインタビューを読む

このページのトップへ戻る

繋ぐ 経営者対談

各コンテンツ 最新記事

ブログ今野誠一のブログ
~音痴について
語る経営者インタビュー
100年後、1000年後も必要とされる仕事をしたい 株式会社oh庭ya
代表取締役社長兼CEO  増島靖史 氏
繋ぐ経営者対談
経営者に聞く!事業継承の真髄とは? 水島達也 社長 × 関田勝次 社長
集うイベント・セミナー
理念を浸透させる 和み流 経営術~衣食住の分野において 売り上げナンバーワンではなく、顧客満足度ナンバーワンになるために~ 株式会社和み
代表取締役社長 作山若子 氏
今野誠一のパーソナルライフ今野誠一のパーソナルライフ
第7回 3月7日~3月13日の漢字[漢字力]