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2010.04.18 UPInterview Vol.114
“子供たちの無限の可能性を救いたい” (前編)
今回は、小児がんへの正しい理解の促進と、小児がん患者の子どもたちへの支援に取り組む、NPO法人ゴールドリボン・ネットワークの松井秀文理事長のお話をお届けします。小児がんは、年間で2500人位が新たに罹患し、全国で1万6000人近くの子どもたちが、闘病生活を送っているといいます。この小児がんに対して、「治療研究開発支援」「QOL向上支援」「理解促進」の3つの柱で活動を続けているのが、NPO法人ゴールドリボン・ネットワークです。保険会社アフラックの社長、会長を務めた松井秀文理事長に、その取り組みについてお聞きしました。
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■少しずつ広がる支援の輪■
大変申し訳ないことですが、弟からその存在を聞くまでは、NPO法人ゴールドリボン・ネットワークの活動についてまったく存じ上げておりませんでした。
いえいえ、今野さん。それは無理もないことなんです。2年前に設立したのですが、最初の年はほとんど認知していただけませんでした。少しずつ支援の輪は広がりつつありまして、ようやく個人会員で約1600名、法人会員数で約170社というところまできましたが、これはまだまだ少ないと言わざるをえません。個人会員数10000人、法人会員数500社を当面の目標として考えています。マングローブさんにもさっそく会員になっていただきまして、ありがとうございました。

(にこやかな松井理事長)
お礼を申し上げたいのはこちらのほうです。私が個人的に、マングローブという汽水域に生きる植物群の存在に憧れていまして「マングローブ的生き方」というものを追求しているんですね。そのひとつに「子どもたちに夢を与える」という項目がありまして、本業以外に何か子どもたちを応援する活動ができればと考えていたところでした。
みちのくコカ・コーラボトリングに勤務する弟が「ゴールドリボン支援自動販売機」の設置でお世話になっているということですが、「素晴らしい活動をされている方なので紹介したい」と言って来まして、ゴールドリボン・ネットワークの活動内容を知り、すぐにお話をお聞きしたいと思いました。
自販機による支援形態というのは、私たちにとっては実に画期的な提案でした。ゴールドリボン・ネットワークのロゴの入った自動販売機で商品を買っていただくと、その売上の一部が私共に寄付されて、それによって小児がんの治療研究や、患児のQOL向上のための研究、患児の入院生活の環境向上等の費用に充てられるというものです。みちのくコカ・コーラボトリングさんをはじめ各社さん(ダイドードリンコ、キリンビバレッジ、東京コカ・コーラボトリング、コカ・コーラセントラルジャパン、コカ・コーラウエスト、北陸コカ・コーラボトリング、利根コカ・コーラボトリング、ジャパンビバレッジ、アサヒカルピスビバレッジ)のご理解ご支援を得て、設置箇所も徐々に増えつつあります。さらに、アフラックやアフラックの関連企業のアフラック保険サービス、アフラック収納サービス、アソシエイツ(代理店)、さらには第一生命や大日本印刷といった大手企業が、支援自販機を設置してくださるという嬉しい申し出をいただき、既に全国で約100台の設置に至っております。また、広島のアクト中食とフレッシュフードシステムでのゴールドリボンマークをつけた生鮮食料品や、フレッシュシステムのバナナの販売を通し、販売数量に応じた寄付をいただく取り組みなど、一般の取引においても支援の輪を広げていただいています。そんなわけで弟さんには大変お世話になっているのですが、今回はまたこのような機会をいただいてありがたいことだと感じています。
私もお会いできて非常に光栄に感じています。またこれを機会に学ばせていただき、自分達も何かできないだろうかと考えてやって参りました。
なるほど、そうした販売価格の一部や取引額の一部という考え方を応用すれば、色々な形の支援の広がりが今後期待できそうですね。
ありがとうございます。今野さん、ぜひご協力をお願いします。他にも、シンガーソングライターの「より子」のような例もあります。より子さんは小児がんのため2歳から5歳までを病院で過ごしたという小児がんの経験者でした。彼女はアルバムを4枚も出しているプロのミュージシャンですが、かつて自分がお世話になったお医者さんと看護師さんに少しでも感謝を表そうと、看護学校や病院でのライブ活動などをされています。その彼女が、CDの売り上げの一部をゴールドリボン・ネットワークに寄付してくださっているんですよ。また、オーシャンアスリートの鈴木一也さんも、お子さんが病気の経験をお持ちで、小児がん支援と銘打っての社会貢献活動「大島―茅ヶ崎60キロ泳断プロジェクト」という活動で集まった支援金の一部を寄付していただきました。
最近では、一般企業様からも援助の申し出をいただく機会が増えまして、特にアイ・エム・エス・ジャパンさんやフジスタッフさんからは、多くの資金援助やボランティアスタッフの提供などをしていただいております。柏レイソル選手会からはチャリティーオークションやフリーマーケットの収益金より、NPO法人朴の会からは「ごえんなこんさあと」の収益金よりそれぞれ寄付をいただきました。実はこの取材の前も、パワーゾーンスポーツ主催のチャリティー剣道大会で、収益の一部を寄付としていただき、その贈呈式に出てきたばっかりなんですよ。
(事務所に飾られている「より子さん」の写真とアルバム)■小児がんとの出会い■
NPO法人ゴールドリボン・ネットワークを、2年前に、松井さんは自ら創設されたわけですが、そもそも小児がんやその患児との出会いはどのようなものだったのでしょうか。
2008年の6月25日が設立日になっておりますので、まもなく丸2年になるところです。それまではアフラックの経営にたずさわっていたわけですが、小児がんとの出会いという意味では、アフラックに関わる以前に遡らなくてはなりません。大学卒業後、川崎製鉄に就職、その後ある損保会社に転職していました。1973年(昭和48年)のことです。アフラックの日本での展開に関わったのは、その頃に設立者の現在最高顧問である大竹美喜氏から誘われたのがきっかけです。何しろ今のように転職が当たり前ではない時代に、続けて2回も転職するのはどうなんだろうと、思い悩んでいたわけなんです。そんな時に、母校(東京大学)経済学部の会報で同窓生の手記を読んだのです。それは「がんの子供を守る会」の会員で銀行員の父親が綴った「娘を不治の病に奪われて」という数ページにわたる手記でした。2歳半から6歳まで、白血病と闘って短い生涯を閉じたお嬢さんの小さいながらも健気にがんに立ち向かう姿や、入院・付き添いによる二重生活、経済的負担などといった親御さんの苦労、小児がんに対する研究の手薄さ、社会的支援の必要性などを問いかけるものでした。治療費が月に15~20万円かかり、父親から借金したり、会社から退職金の前借りしたりしてしのいでいることが書かれていました。
アフラックに関わる以前から小児がんと出会い、35年後に小児がんと闘う子ども達を支援するNPOを立ち上げることになるとは、その頃はイメージされておられなかったでしょうね。
もちろんです。衝撃は受けたものの、当時は小児がんというものの実態を今ほど理解できていたわけではありません。しかし、思い悩んでいたがん保険の仕事をすることへの決心は、この手記に大いに心を揺さぶられたことが背中を押したと言って間違いありません。先ほど言いました手記は、幼い愛娘を亡くした男親の無念さが切々と伝わってきまして、居ても立ってもいられず、すぐに、文末にあった「財団法人がんの子供を守る会」の事務局を訪ねることにしました。そして他の色々な会員の方の手記を読ませていただきました。そこにあったのは、多くの親御さんたちの大変なご苦労、並々ならぬ思いの数々でした。中には子どもの治療のために家を売ったという人までいまして、さらに衝撃を受けました。がんは病気との闘いであると同時に、経済力の闘いであるということを強く認識させられることになりました。その時受けた衝撃が私の心の中にずっと残り続けていました。
その手記を読んでいない私でさえも、お聴きしているだけで、胸に迫るものがあります。松井さんが、手記を目にしたことは、人生を左右したほどの大きな出来事だったということになりますね。衝撃の大きさから察しますに、アフラック時代も関連の取り組みはされていたんでしょうね。
はい、その通りです。何しろ私の原点は手記で初めて知ることになった子どもたちの現状にあったわけです。このような子どもたちやご家族のために、幾ばくかでも力になれないものだろうか。いや力になりたい。そう考えてアフラック設立に参画したわけですが、軌道に乗るまではなかなか直接的に取り組むことができないでいました。アフラックの社長に就任することになりまして、とにかくできるだけのことをしたいと思いまして、作り上げたのが、「アフラック・キッズサポートシステム」というものでした。
キッズサポートシステムですか、松井さんの思いそのままの分かりやすいタイトルでいいですね。アフラックの社会貢献のプログラムということですね?具体的にはどのようなプログラムだったのでしょうか。
「公益信託アフラックがん遺児奨学基金」と「アフラックペアレンツハウス」の2つを基幹事業としていました。順番にご説明させていただきますと、まず「公益信託アフラックがん遺児奨学基金」ですが、1995年、がんで父母を亡くした高校生が経済的な面で進学を断念することがないようにとの思いから立ち上げました。月額2万5千円(年額30万円)の奨学金が高校卒業まで給付され、返還は不要というものでした。もう一方の「アフラックペアレンツハウス」は、国立がんセンターの、今は亡き大平睦郎先生のペアレンツハウス構想を実現したものです。2001年から着手を始めました。小児がん治療のために首都圏の専門病院に長期入院や通院する子どもたちとその家族の支援をしようというものです。治療に出向く際に1泊1000円で宿泊できるようにしました。まず建物を作り、運営費はアフラックやアフラックのアソシエイツ(代理店)を中心に寄付を集めて支援することとして、その事務局を「がんの子供を守る会」にお願いしました。
■小児がんの実態■
さて理事長、ゴールドリボン・ネットワークの活動の意義を理解するためにも、後先になってしまいましたが、小児がんの実態を教えていただきたいと思います。
がん対策の基礎となるデータを把握するための“がん登録”が義務付けられていないために、小児がん患児の実数などは、はっきりとしたことが分からないのが現状です。このこと自体が一つ大きな課題でもあるのですが、一般的には、年間で2500人位の子どもが新たに罹患しており、全国で1万6000人近くの子どもたちが、今も小児がんと闘っているといわれています。治癒率が向上したとはいえ、未だ年間約500~600人の命が失われています。子どもの病死原因の1位となっています。
無知というのは恐ろしいものです。年間に500人~600人の子どもが亡くなっていることをまったく知りませんでした。ほんとに切ないですね。実態を知らなければ何も行動に移せませんね。今回のMG―NET+のインタビューが少しでもお役に立てばうれしく思います。さらに無知をさらけ出すわけなんですが、「小児がん」という病名があるわけではないんですね。
いえいえ、ご存知でいる方のほうが珍しいのが現実ですから、むしろ素朴にご質問いただくほうがありがたいですね。今回MG―NET+の読者の方にはぜひ実態をご理解いただきたいと思います。今野さんのおっしゃるとおりでして、一般的に15歳未満の子どもに発症する白血病・脳腫瘍・骨肉腫・悪性リンパ腫など47種類(中分類)のがんを「小児がん」と呼んでいるんですね。中でも多いのは、「白血病」「網膜芽腫」「脳腫瘍」「悪性リンパ腫」「神経芽細胞腫」「ウィルムス腫瘍」なのですが、いずれにしても希少がんでありまして、子ども1万人に対して1人くらいという少ない発生率なものですから、とにかく小児がん専門医が少ないということ、そして治療法や薬の開発研究がなかなか進んでいないという現状も大きな問題になっているわけなんです。体調がおかしくなって受診したお医者さんが、小児がんについての知識がないために対応が遅れ、1ヵ月後、最悪の場合1年を経てから、初めて専門医にかかるという事態が往々にして起こりうる病気です。
(小児がんの実態をご説明中)なるほど、そのあたりがゴールドリボン・ネットワークが、治療法の研究などに助成する背景でもあるわけですね。
おっしゃるとおりです。実際に身近で経験した例で言いますと、ある小学生の子が、頭痛を訴えてお医者さんに行ったところ、疲れだろうとか、風邪だろうとか言われ、1年くらいそういう状態が続いていました。夏休みに遊びに行った旅先で、また頭痛がひどくなり、たまたま診てもらった開業医が小児がんのことに詳しく、すぐに脳腫瘍を疑って、大きな病院を紹介してくれまして、そこで治療できることになったまではよかったんですが・・。残念ながら、すでに手遅れで亡くなってしまったという痛ましい話です。
網膜芽腫の場合は、暗いところで猫の目みたいにキラッと光るので、親御さんが気づくことも多いのですが、おかしいと気づかなかったり、思ってもそのままにしておくと重大な事態になってしまいます。このような、小児がんについての知識を持っていれば、早期発見、早期治療をすることにつながり、子どもたちの貴重な命を救うことができるのです。
痛ましいことが、数々起こっている実態を知って、非常にショックを味わっています。
小児がんの認知度を上げて、一般の人でも知識を持ってもらえるような取り組みが必要ということになりますね。
その通りなのですが、なかなか道は平坦ではありません。そもそも、発がんのメカニズムからすれば、がんは本質的には大人の病気なんですね。ですから「子どももがんになるの?」といった認識の人が多いのも事実です。一般的には小児がんは知られていないと言っても過言ではありません。ですから2年前の設立時にはゼロからの取り組みのつもりで始めました。確かに白血病は、「血液のがん」。脳腫瘍は「脳のがん」なのですが、病理的にいうと「肉腫」が多いので“○○がん”という名称で呼ばれないことも、小児がんが知られない遠因になっているのかもしれません。大人に多い上皮性の固形がんが比較的表面にできるのと違って、小児がんの場合は非上皮性の肉腫が多く、奥深くから始まることも早期発見を難しくしています。
大人のがんとは違った、小児がんならではの特徴が発見を難しくしているということですね。他にも特徴はございますか。
もう一つ、小児がんの大きな特徴として、合併症があげられます。これも正確なデータがないのではっきりした数値は申し上げられないのですが、経験者の約半分が何らかの合併症で苦しんでいると言われています。この合併症には「低身長」「甲状腺機能障害」などの内分泌障害のほか、「中枢神経障害」「二次がん」「肝障害」「骨の異常」「感覚器の異常」など、さまざまな症状があります。当然、合併症による生活上の問題も起きてくるわけです。一応20歳までは、「小児慢性特定疾患」として、保険診療の自己負担分(3割)の医療費が公費で負担されますが、20歳を過ぎると、その支援もなくなります。そういうわけで、合併症を起こさない治療の研究もこれからは大事だと思いますし、合併症を持った子どもたちのQOLを上げ、自立を助けるということも大きなテーマだと思っています。
合併症による生活上の問題が起きてくるというお話にインパクトがありました。さまざまな副作用や合併症に苦しむということも影の部分として、なかなか手の回りにくい問題ということになるわけですね。
小児がんに対する周囲の理解が希薄なため、例えば、退院して復学したときに、合併症を持っていることを、先生や保護者、生徒の理解を得られず、不登校になったり、いじめに遭ったりという事態も起きています。だから、小児がんとはどういうものかということを、世の中の人にもっと知ってもらいたいと思うのです。病を克服して、活躍している人もたくさんいるので、そういうことも含めて知ってもらいたいと思います。
医療サイドでは、放射線科、内科、外科のお医者さんたちによるチーム医療も重要です。小児がんの病院のセンター化も必要だと思います。小児病棟の中には、院内学級はおろか学習室もなく、ベットの上にチャブ台みたいなものをおいて勉強をしているところもあります。昨年、我々は、日大板橋病院の学習室作りに協力しましたが、そういう面でも、なんらかのサポートをしていきたいと思っています。
合併症のことを考えますと、小児がんの患児に特化したトレーニングの場をつくるというようなことも必要なのかもしれませんね。
そうなんですね。小児がんの子どもたちは合併症を持ちながら障害者の認定は受けられない方々が多くいます。これも難しい問題なのです。そのために小児がんの子どもたちがよりスムーズに社会に出たり職業に就けるような中間施設のような場を作れないだろうかと考えています。これも資金がないとできないことですから、皆さんの理解と協力が必要です。小児がん経験者の中には、合併症で苦しんでおられるにも関わらず、外見上ハンディキャッパーに比べて、QOLが高いように見えるので、理解を得られないケースが多くあります。脳腫瘍の場合、色々な障害が出ます。例えば、自分で体温調節ができないので、暑くても自分で体温を下げられない、寒くても上げられない。まともに外に出ていたら、脱水症状を起こして倒れてしまうこともあるのですが、そういうことは外から見たら分かりません。そのようなことに関しても我々ができることがあるはずだと思っています。
経営者略歴
NPO法人ゴールドリボン・ネットワーク 理事長
松井秀文氏 (Matsui Hidefumi)
1944年 生まれ
1968年 東京大学経済学部 卒業
1968年 川崎製鉄株式会社 入社
1974年 アメリカンファミリー生命保険会社 入社
1995年 社長就任(日本における代表者)
2005年 会長 就任
2007年 相談役 就任
Company Data
| 社名 | NPO法人ゴールドリボン・ネットワーク |
|---|---|
| 所在地 | 東京都新宿区下落合3-2-12イルドルカン402号室 |
| 代表者 | 理事長 松井 秀文 |
| 設立 | 2008年6月25日 |
| 業務内容 | 小児がん克服に向かって ・治療研究開発支援 ・QOL向上支援 ・理解促進 |
| URL | http://www.goldribbon.jp/ |
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