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2011.02.02 UPInterview Vol.117
伝統を受け継ぎ「本業=CSR」を追求する若手社長! (後編)
今回は、マテックス株式会社 代表取締役社長 松本浩志氏のインタビューをお届けします。マテックス株式会社は、建築用板ガラス、住宅サッシ、ビルサッシ、樹脂製品、住宅設備器機等の卸販売企業です。松本氏は社長就任2年目ではありますが、創業以来の歴史や先代・先輩社員の方々が築き上げてきたものをしっかりと受け継ぎ、「エコ窓」という高断熱の真空ガラスや防犯ガラス等の高機能ガラスで社会貢献へも取り組まれています。そして、会社経営するにあたり、誰よりも企業理念や行動指針を大切にされており、そのベースには社員、さらにはOB社員に対する思い入れがあります。今回は、「エコ窓」を通じての社会貢献や企業理念等に対する思いを熱く語って頂きました。
- 前編
- 後編
■企業理念~誰が読んでも同じように読める形で明文化すること~
松本社長、いよいよ企業理念について聞かせていただくタイミングが来たようですね(笑)。5つの文章からなる企業理念を拝見して、実に質実剛健だと感じたのですが、先ほどのご説明で、その理由がわかりました。代々受け継がれた大切にしてきた姿勢、経営のスタンスを明文化されたものだとおっしゃいました。よく練られた素晴らしい文章ですが、これらの理念は、社長就任に当たってまとめられたわけですね?お一人で考えられたのですか?
正確に申し上げれば、社長就任時に発表できるよう、その2年ほど前から自分としては考え始めたものなんですね。私は3代目になるわけですが、経営者だけがあたかも家訓のように、日頃の問題に直面した時の判断の仕方や、経営の現場感覚で実地を通じて伝えていくだけではなく、誰が読んでも同じように読める形で明文化することによって、社員とも共有し、その後に受け継いでいくこともしやすい状態にしたい。そして前後しますが、何より自分自身の後継者としての拠り所として、ぜひとも明文化したいと思いました。もう少し早く今野社長と出会っていれば、ぜひ手伝っていただきたかったのですが(笑)、残念ながら教えてくださる方もいなかったものですから、考え抜くだけでも大変だったのですが、七転八倒しながら、全部自分で書き上げました。
松本社長の若さで経営を引き継いでいくのはなかなか大変なことだと思うんですよね。松本社長の場合は、実に飄々と楽々やっておられるように見える。しかも「窓」に関してのコンセプトワークや、周囲を巻き込むに当たっての戦略性、説得力もずば抜けているように感じます。マテックスさんに入社されるまでのご経験も相当生きているのではないかと思います。大学を卒業されて、いったんは他の会社に就職されたわけですね?
はい、そうです。電機メーカーの東芝に入社したんですが、社会人デビューは遅かったんですよね。
大学院に進まれたということですよね?大学時代には留学も経験されたと伺っていますが。
そうです。高校時代に遡るんですが、エスカレータ式の学校生活だったんですよ。そんな環境の中で、のびのびと野球一筋の高校生活を送っていたんです。甲子園に行けるレベルではなかったのですが、自分なりには一球入魂、青春をかけてやっていましたね。そんな時期に周りでは短期留学がちょっとしたブームになっていまして、そういう世界にも憧れを持ってはいたのですが、何しろ野球漬けの生活でもありますし、行動するには至らないまま、そのまま大学に進むわけです。大学では雰囲気は一変しましたね。
留学の動機になるようなことが、起こりましたか?
何かきっかけとなる事件があったというわけではないんですけどね、何しろ高校時代と違ってエスカレータ式に上がって来た人ばかりではなく、全国から色々な人が集まってきているわけですから、視野の広い色々な活動をしている人たちから刺激を受けましたね。自分の甘さに気づかされると言いますか、このままでは自分はダメかなあ、という気持ちも起こりまして、部活をしながら英会話を並行して習って、途中で大学を休学して留学を強行したというわけなんです。
はあ~、大学を休学までして留学したかったんですか?努力されたんですね。てっきりもっと小さな頃から帰国子女でいらっしゃって、自然の流れで進まれたんだとばかり想像していました。留学生活は大変ですよね。言葉の壁もありますし、大学にもよるのでしょうが、日本に比べて授業も厳しいと聞きます。留学生生活はいかがだったんですか?
率直に言って苦労しました。そうですね、それまでに経験したことがないほどの猛勉強をしましたね。テープレコーダーと、カセットテープを毎日5本は持参して、片っ端から録音しながら授業を受け、放課後に図書館で聞き取れなかったところ、確認したいところを聞き直し、徹底確認をするわけです。あちらの学生がパーティーしたり、デートしたりという中、最初の頃はそんな暇は一切なかったですよね。とにかく途中で挫折して帰ることなんてできないという危機感と、これを乗り越えたら何かが待っているんじゃないかという期待感とでもっていましたね。おかげさまでクラスでもトップクラスの成績で卒業できたんですよね。
それはすごいですね。今のこのエピソードからも、先ほどの企業理念のところで出ました、長期的視点と、継続する姿勢というのは、感じますよね。マテックスという企業文化でもあり、松本家の受け継いでいる資質なのかもしれませんね。その後の大学院へは自然に進まれたんですか?
非常に恵まれていたのですが、頑張っている姿が目にとまっていたのか、勧めてくださる方がいて、MBA取得のために大学院へ進んだわけです。ここでも必死に勉強しましたね。ご承知のとおり、MBAは、来る日も来る日もケーススタディーを元にディスカッションを繰り返していくわけですね。ディスカッションを通じて、色々な人の意見に触れてまたたくさんの刺激を受けましたね。国境を越えての議論は充実していました。そこを卒業してから帰国して25歳で社会人の入り口を迎えたというわけです。
で、東芝に入社されたわけですね?DVD機器の海外営業や商品企画を担当されたとのことですが、色々エピソードもたくさんあったことかと思うのですが、時間の関係であまりお聞きできないのが残念です。その頃の人に言えない話など、今度ぜひ飲みながら聞かせてください(笑)。その時代に得た、今に繋がる学びとしてはどのようなことがありますか。
何しろグローバルカンパニーですから、商売のあり方について考える機会は多かったですよね。最も感じたことは価格競争というもののシビアさですね。どんなにいいモノを作ったつもりでもいつかは同業他社の研究材料になり、同じようなライバル製品が登場して、たいがいの場合は価格競争になっていきます。商品の本当のよさ、メリットを正しく、かつ効果的に伝えていくプロモーションで差別化を図っていこうとする分にはいいと思うのですが、価格競争に巻き込まれるとこれはどこまで行っても、もうこれは必ず消耗戦に陥っていってしまうわけですね。こうした状況はどうにか変えられないんだろうかと疑問符を持ってはいましたね。
■東芝からマテックスへの入社、そこでの苦労とは?
松本社長の、「窓」という商材の物語性をアピールしたり、販売店さんの経営支援をはじめとした業界の活性化に取り組んでおられるのは、その頃の経験もあってのことなのではないかとも感じられましたね。東芝からマテックスさんに入社するきっかけにはどのようなことがあったのですか?
当時は国内で勤務していたのですが、そろそろ海外勤務をということで、あるところへ駐在する何番目かの候補に挙げられていることがわかりましてね。それを父に報告したんですよ。いずれは・・・ということは当然あったと思いますから、父も内心焦ったんでしょうね。一度海外駐在になると1年2年で戻るということにはならないでしょうからね・・。結局そのタイミングで東芝を退職し、マテックスに入社することになったのですが、それが2002年のことですね。
まったく異業種、そして恐らくは異文化の中に飛び込むことになったわけですね。正に異文化コミュニケーションだったでしょうね(笑)。
そのとおりです、今野社長。どちらにも差し障りが出ますので、詳しくは言えないんですが(笑)、最初のうちは業界の文化の違い、業界の常識に慣れるのに苦労しましたね。入社して最初に社長から申し渡されたのは、社内のシステム構築の仕事だったんですよ。それまでの社内の業務管理、情報管理の仕組みは、ほぼマンパワーに頼っている状態だったんですが、物の動きから情報の流れ、会計に繋がる流れまでをシステム化する取組みに2年半の期間を要しました。
それは、当時の社長もかなりお上手ですね。全社をシステム化する仕事であれば、全社の仕事の理解も早まりますし、色々な人と接点を持つことにもなりますし、何より会社の事業の先行きも考えなくてはいけないことになりますからね。いや~お上手だ(笑)。
いえいえ、すぐに現場に出すわけにもいかず、他にやらせる仕事も思いつかなかっただけかもしれませんけどね(笑)。確かに社内の色々な部署、多くの人と調整しなくてはならないことは山ほど発生したのは事実ですね。最初の頃はありがちなことだとは思うんですが、何しろ比較するところが東芝ですからね、「こんなこともできていないのか」と、あれも駄目これも駄目という目で見てしまいがちだったんですよね。その延長上で、いろんなことを勝手にルール化したりしたものだから、反発も受けました。
長い時間をかけて出来上がってきた仕事の流れや、しきたり、考え方をいきなり来て「変えろ」と言われても、言われていることの冷静な判断の前に感情の面で反発したくなるのも人情ですよね。松本社長、どうやって乗り越えられたんですか?
とても勉強になりましたね。一番大切だと分かったのは、一人ひとりが取り組んでいることを理解し認めなくてはならない、ということです。こちらが認める姿勢もなしに、自分の言っていることが正義なんだとばかりに強引なだけでは受け入れてもらえません。こちらが認める態度を持つことで初めて周囲からも見てもらえるようになるんだ、ということを実感しました。それと、何かを大きく変えていく時に重要なのは、着実なペース設定が必要だということ。完成までのロードマップを描いて、関係者で共有することが大事であるということは学びましたね。そういうわけで、2年半かけてシステム導入を果たしたところで営業に異動させてもらいました。
なるほど、そこで商売の現場を経験することになったわけですね。先ほど2009年に社長就任する前に企業理念の明文化にあらかじめ取り組んだというお話がありましたね。これはどの時点からだったんですか。
2007年からですね。自分が受け継ぐにあたって、過去は過去、これからはこれからという考え方ではなく、先輩方のスピリッツを受け継ぎ、作り上げてきた変えるべきでないものを継承していこうと考えたわけです。理念についての考え方は先ほど申し上げたとおりですね。
■マテックス社の展望~既築5千万戸の住宅の窓を入れ替える~
ここで、ようやく話が元に戻すことができました。理念明文化の話から、松本社長のビジネス経験の旅に出かけてしまいまして、今、ようやく戻ってきたわけですが(笑)、そろそろお時間も迫ってきました。マテックス社のこれからの展望についてお聞きしたいと思います。これからをどのように考えておられますか?
今野社長が期待されている答えにはならないかもしれないのですが・・・。先ほどの「エコ窓」の話題の時に、日本全国の既存住宅を全て切り替えていったとすると、約1700万トンのCO2排出量の削減が実現するという話をさせていただきました。今野社長、この日本全国の既存住宅というのがですね、戸数にして、なんと5千万戸あるんですよ。仮にこれを一年に50万戸ずつ入れ替えを実現させていったとしても、100年かかる計算なんですね。100年ですよ。マテックスのこれからの100年も「日本中の家の窓をエコ窓に替えていく」ということに決定です(笑)。
出ましたね、松本社長得意の長期的視点。松本社長のお話を聞いていると、窓産業、そういう言葉があるかどうかはわかりませんが、窓産業は成長産業だと思えてきますね。CO2削減という環境問題に貢献し、先ほどのヒートショック問題の解決の一助となることを通じて、高齢化問題への貢献にも繋がっていく。
まったく、おっしゃるとおりです。この業界でまだまだ私達にはやるべきことがあるわけです。これからも新制定した企業理念をベースに、「エコ窓」の普及に取り組んでいきたいと思います。
松本社長、まとめてくださった形ですが、もう少しよろしいですか(笑)。なにぶん私どもは組織・人事のコンサルティング会社ですので、その分野のことについて伺わないわけにはいきません。人事戦略上考えていらっしゃることにはどんなことがありますか?
企業秘密と言ったら怒られますよね(笑)?5つの企業理念の5つ目に「人間尊重を基本とする」と掲げました。これを端的に実現した形として実は「OB会を盛り上げたい」と考えてるんですよ。
は?OB会ですか?
今野社長が不思議な顔をされるのも当然ですね。現社員に関することをお尋ねなわけですからね。しかし、マテックスに勤め上げてくださった卒業生の皆さんのOB会をいい場にすることこそが、私は現社員を大切にすることに繋がるのではないかと考えているんですよ。OBが集まった場の会話の中で「いい仕事したな~」「社会貢献もたくさんしたよな~」「~がやりがいがあったな~」「~は楽しかった」という言葉が飛び交うことが夢ですね。そういう言葉がOB会で飛び交うことを実現するためには、会社規模のようなものを闇雲に追いかけるのではなく、会社が充実している、社員同士が協力して仕事することが楽しい、全員で会社作りすることを喜んでいる。そういう状態にしていきたいと思います。
なるほど、「OB会を盛り上げる」ということの深いお考えに、とても共感を覚えました。独特で素晴らしい考え方だと思いますね。いや実にいいですよ。会社規模ではなく、充実度だということも共感します。そのためのCSR活動という意味合いもありますよね?
はい。当然あります。CSRのための専門部署でやっているということではなく、できるだけたくさんの社員に参加してもらって取り組んでいきたいんですね。そのことで、社員が会社に誇りを持つことができ、もっともっといい取組みをしていこうと、意欲を燃やしてくれたらうれしいと思います。マテックスで働いたことを通じて、職業人としての成長が果たせて、仕事で世の中に認められるようになってもらいたいですね。そうなっていけば、企業としてのCSRや社会貢献だけではなく、一人ひとりが個としても社会貢献の意識を持って行動できる社員の集まりとして、真の貢献企業になっていけると思うんです。
なるほど、「OB会を盛り上げる」というくだりでは、びっくりさせられましたが、松本社長の長期的視点と、継続は力なりという視点と、最終的には一人ひとりが貢献できる人材にという人材観を知ることができました。ちょうどお時間がきたようです。私自身も刺激をいただきました。心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。
今野社長、こちらこそいい機会をいただきました。インタビューを受けるというのは、自分の考えを確かめる、まとめる格好の機会になると実感しました。ありがとうございました。

松本社長、いよいよ企業理念について聞かせていただくタイミングが来たようですね(笑)。5つの文章からなる企業理念を拝見して、実に質実剛健だと感じたのですが、先ほどのご説明で、その理由がわかりました。代々受け継がれた大切にしてきた姿勢、経営のスタンスを明文化されたものだとおっしゃいました。よく練られた素晴らしい文章ですが、これらの理念は、社長就任に当たってまとめられたわけですね?お一人で考えられたのですか?
正確に申し上げれば、社長就任時に発表できるよう、その2年ほど前から自分としては考え始めたものなんですね。私は3代目になるわけですが、経営者だけがあたかも家訓のように、日頃の問題に直面した時の判断の仕方や、経営の現場感覚で実地を通じて伝えていくだけではなく、誰が読んでも同じように読める形で明文化することによって、社員とも共有し、その後に受け継いでいくこともしやすい状態にしたい。そして前後しますが、何より自分自身の後継者としての拠り所として、ぜひとも明文化したいと思いました。もう少し早く今野社長と出会っていれば、ぜひ手伝っていただきたかったのですが(笑)、残念ながら教えてくださる方もいなかったものですから、考え抜くだけでも大変だったのですが、七転八倒しながら、全部自分で書き上げました。
社内に掲示されている経営理念
松本社長の若さで経営を引き継いでいくのはなかなか大変なことだと思うんですよね。松本社長の場合は、実に飄々と楽々やっておられるように見える。しかも「窓」に関してのコンセプトワークや、周囲を巻き込むに当たっての戦略性、説得力もずば抜けているように感じます。マテックスさんに入社されるまでのご経験も相当生きているのではないかと思います。大学を卒業されて、いったんは他の会社に就職されたわけですね?
はい、そうです。電機メーカーの東芝に入社したんですが、社会人デビューは遅かったんですよね。
大学院に進まれたということですよね?大学時代には留学も経験されたと伺っていますが。
そうです。高校時代に遡るんですが、エスカレータ式の学校生活だったんですよ。そんな環境の中で、のびのびと野球一筋の高校生活を送っていたんです。甲子園に行けるレベルではなかったのですが、自分なりには一球入魂、青春をかけてやっていましたね。そんな時期に周りでは短期留学がちょっとしたブームになっていまして、そういう世界にも憧れを持ってはいたのですが、何しろ野球漬けの生活でもありますし、行動するには至らないまま、そのまま大学に進むわけです。大学では雰囲気は一変しましたね。
留学の動機になるようなことが、起こりましたか?
何かきっかけとなる事件があったというわけではないんですけどね、何しろ高校時代と違ってエスカレータ式に上がって来た人ばかりではなく、全国から色々な人が集まってきているわけですから、視野の広い色々な活動をしている人たちから刺激を受けましたね。自分の甘さに気づかされると言いますか、このままでは自分はダメかなあ、という気持ちも起こりまして、部活をしながら英会話を並行して習って、途中で大学を休学して留学を強行したというわけなんです。
はあ~、大学を休学までして留学したかったんですか?努力されたんですね。てっきりもっと小さな頃から帰国子女でいらっしゃって、自然の流れで進まれたんだとばかり想像していました。留学生活は大変ですよね。言葉の壁もありますし、大学にもよるのでしょうが、日本に比べて授業も厳しいと聞きます。留学生生活はいかがだったんですか?
率直に言って苦労しました。そうですね、それまでに経験したことがないほどの猛勉強をしましたね。テープレコーダーと、カセットテープを毎日5本は持参して、片っ端から録音しながら授業を受け、放課後に図書館で聞き取れなかったところ、確認したいところを聞き直し、徹底確認をするわけです。あちらの学生がパーティーしたり、デートしたりという中、最初の頃はそんな暇は一切なかったですよね。とにかく途中で挫折して帰ることなんてできないという危機感と、これを乗り越えたら何かが待っているんじゃないかという期待感とでもっていましたね。おかげさまでクラスでもトップクラスの成績で卒業できたんですよね。
それはすごいですね。今のこのエピソードからも、先ほどの企業理念のところで出ました、長期的視点と、継続する姿勢というのは、感じますよね。マテックスという企業文化でもあり、松本家の受け継いでいる資質なのかもしれませんね。その後の大学院へは自然に進まれたんですか?
非常に恵まれていたのですが、頑張っている姿が目にとまっていたのか、勧めてくださる方がいて、MBA取得のために大学院へ進んだわけです。ここでも必死に勉強しましたね。ご承知のとおり、MBAは、来る日も来る日もケーススタディーを元にディスカッションを繰り返していくわけですね。ディスカッションを通じて、色々な人の意見に触れてまたたくさんの刺激を受けましたね。国境を越えての議論は充実していました。そこを卒業してから帰国して25歳で社会人の入り口を迎えたというわけです。
で、東芝に入社されたわけですね?DVD機器の海外営業や商品企画を担当されたとのことですが、色々エピソードもたくさんあったことかと思うのですが、時間の関係であまりお聞きできないのが残念です。その頃の人に言えない話など、今度ぜひ飲みながら聞かせてください(笑)。その時代に得た、今に繋がる学びとしてはどのようなことがありますか。
何しろグローバルカンパニーですから、商売のあり方について考える機会は多かったですよね。最も感じたことは価格競争というもののシビアさですね。どんなにいいモノを作ったつもりでもいつかは同業他社の研究材料になり、同じようなライバル製品が登場して、たいがいの場合は価格競争になっていきます。商品の本当のよさ、メリットを正しく、かつ効果的に伝えていくプロモーションで差別化を図っていこうとする分にはいいと思うのですが、価格競争に巻き込まれるとこれはどこまで行っても、もうこれは必ず消耗戦に陥っていってしまうわけですね。こうした状況はどうにか変えられないんだろうかと疑問符を持ってはいましたね。
■東芝からマテックスへの入社、そこでの苦労とは?
松本社長の、「窓」という商材の物語性をアピールしたり、販売店さんの経営支援をはじめとした業界の活性化に取り組んでおられるのは、その頃の経験もあってのことなのではないかとも感じられましたね。東芝からマテックスさんに入社するきっかけにはどのようなことがあったのですか?
当時は国内で勤務していたのですが、そろそろ海外勤務をということで、あるところへ駐在する何番目かの候補に挙げられていることがわかりましてね。それを父に報告したんですよ。いずれは・・・ということは当然あったと思いますから、父も内心焦ったんでしょうね。一度海外駐在になると1年2年で戻るということにはならないでしょうからね・・。結局そのタイミングで東芝を退職し、マテックスに入社することになったのですが、それが2002年のことですね。
まったく異業種、そして恐らくは異文化の中に飛び込むことになったわけですね。正に異文化コミュニケーションだったでしょうね(笑)。
そのとおりです、今野社長。どちらにも差し障りが出ますので、詳しくは言えないんですが(笑)、最初のうちは業界の文化の違い、業界の常識に慣れるのに苦労しましたね。入社して最初に社長から申し渡されたのは、社内のシステム構築の仕事だったんですよ。それまでの社内の業務管理、情報管理の仕組みは、ほぼマンパワーに頼っている状態だったんですが、物の動きから情報の流れ、会計に繋がる流れまでをシステム化する取組みに2年半の期間を要しました。
それは、当時の社長もかなりお上手ですね。全社をシステム化する仕事であれば、全社の仕事の理解も早まりますし、色々な人と接点を持つことにもなりますし、何より会社の事業の先行きも考えなくてはいけないことになりますからね。いや~お上手だ(笑)。
いえいえ、すぐに現場に出すわけにもいかず、他にやらせる仕事も思いつかなかっただけかもしれませんけどね(笑)。確かに社内の色々な部署、多くの人と調整しなくてはならないことは山ほど発生したのは事実ですね。最初の頃はありがちなことだとは思うんですが、何しろ比較するところが東芝ですからね、「こんなこともできていないのか」と、あれも駄目これも駄目という目で見てしまいがちだったんですよね。その延長上で、いろんなことを勝手にルール化したりしたものだから、反発も受けました。
長い時間をかけて出来上がってきた仕事の流れや、しきたり、考え方をいきなり来て「変えろ」と言われても、言われていることの冷静な判断の前に感情の面で反発したくなるのも人情ですよね。松本社長、どうやって乗り越えられたんですか?
とても勉強になりましたね。一番大切だと分かったのは、一人ひとりが取り組んでいることを理解し認めなくてはならない、ということです。こちらが認める姿勢もなしに、自分の言っていることが正義なんだとばかりに強引なだけでは受け入れてもらえません。こちらが認める態度を持つことで初めて周囲からも見てもらえるようになるんだ、ということを実感しました。それと、何かを大きく変えていく時に重要なのは、着実なペース設定が必要だということ。完成までのロードマップを描いて、関係者で共有することが大事であるということは学びましたね。そういうわけで、2年半かけてシステム導入を果たしたところで営業に異動させてもらいました。
なるほど、そこで商売の現場を経験することになったわけですね。先ほど2009年に社長就任する前に企業理念の明文化にあらかじめ取り組んだというお話がありましたね。これはどの時点からだったんですか。
2007年からですね。自分が受け継ぐにあたって、過去は過去、これからはこれからという考え方ではなく、先輩方のスピリッツを受け継ぎ、作り上げてきた変えるべきでないものを継承していこうと考えたわけです。理念についての考え方は先ほど申し上げたとおりですね。
■マテックス社の展望~既築5千万戸の住宅の窓を入れ替える~
ここで、ようやく話が元に戻すことができました。理念明文化の話から、松本社長のビジネス経験の旅に出かけてしまいまして、今、ようやく戻ってきたわけですが(笑)、そろそろお時間も迫ってきました。マテックス社のこれからの展望についてお聞きしたいと思います。これからをどのように考えておられますか?
今野社長が期待されている答えにはならないかもしれないのですが・・・。先ほどの「エコ窓」の話題の時に、日本全国の既存住宅を全て切り替えていったとすると、約1700万トンのCO2排出量の削減が実現するという話をさせていただきました。今野社長、この日本全国の既存住宅というのがですね、戸数にして、なんと5千万戸あるんですよ。仮にこれを一年に50万戸ずつ入れ替えを実現させていったとしても、100年かかる計算なんですね。100年ですよ。マテックスのこれからの100年も「日本中の家の窓をエコ窓に替えていく」ということに決定です(笑)。
出ましたね、松本社長得意の長期的視点。松本社長のお話を聞いていると、窓産業、そういう言葉があるかどうかはわかりませんが、窓産業は成長産業だと思えてきますね。CO2削減という環境問題に貢献し、先ほどのヒートショック問題の解決の一助となることを通じて、高齢化問題への貢献にも繋がっていく。
まったく、おっしゃるとおりです。この業界でまだまだ私達にはやるべきことがあるわけです。これからも新制定した企業理念をベースに、「エコ窓」の普及に取り組んでいきたいと思います。
松本社長、まとめてくださった形ですが、もう少しよろしいですか(笑)。なにぶん私どもは組織・人事のコンサルティング会社ですので、その分野のことについて伺わないわけにはいきません。人事戦略上考えていらっしゃることにはどんなことがありますか?
企業秘密と言ったら怒られますよね(笑)?5つの企業理念の5つ目に「人間尊重を基本とする」と掲げました。これを端的に実現した形として実は「OB会を盛り上げたい」と考えてるんですよ。
は?OB会ですか?
今野社長が不思議な顔をされるのも当然ですね。現社員に関することをお尋ねなわけですからね。しかし、マテックスに勤め上げてくださった卒業生の皆さんのOB会をいい場にすることこそが、私は現社員を大切にすることに繋がるのではないかと考えているんですよ。OBが集まった場の会話の中で「いい仕事したな~」「社会貢献もたくさんしたよな~」「~がやりがいがあったな~」「~は楽しかった」という言葉が飛び交うことが夢ですね。そういう言葉がOB会で飛び交うことを実現するためには、会社規模のようなものを闇雲に追いかけるのではなく、会社が充実している、社員同士が協力して仕事することが楽しい、全員で会社作りすることを喜んでいる。そういう状態にしていきたいと思います。
なるほど、「OB会を盛り上げる」ということの深いお考えに、とても共感を覚えました。独特で素晴らしい考え方だと思いますね。いや実にいいですよ。会社規模ではなく、充実度だということも共感します。そのためのCSR活動という意味合いもありますよね?
はい。当然あります。CSRのための専門部署でやっているということではなく、できるだけたくさんの社員に参加してもらって取り組んでいきたいんですね。そのことで、社員が会社に誇りを持つことができ、もっともっといい取組みをしていこうと、意欲を燃やしてくれたらうれしいと思います。マテックスで働いたことを通じて、職業人としての成長が果たせて、仕事で世の中に認められるようになってもらいたいですね。そうなっていけば、企業としてのCSRや社会貢献だけではなく、一人ひとりが個としても社会貢献の意識を持って行動できる社員の集まりとして、真の貢献企業になっていけると思うんです。
なるほど、「OB会を盛り上げる」というくだりでは、びっくりさせられましたが、松本社長の長期的視点と、継続は力なりという視点と、最終的には一人ひとりが貢献できる人材にという人材観を知ることができました。ちょうどお時間がきたようです。私自身も刺激をいただきました。心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。
今野社長、こちらこそいい機会をいただきました。インタビューを受けるというのは、自分の考えを確かめる、まとめる格好の機会になると実感しました。ありがとうございました。
経営者略歴
マテックス株式会社 代表取締役社長
松本浩志氏 (Matsumoto Hiroshi)
1998年 米国ビジネススクール卒業後、株式会社 東芝入社。DVD機器の海外営業および商品企画を担当。
2002年 マテックス株式会社に入社。情報システムインフラの整備、営業部門管理、新人事制度の構築等を行う。
2009年 代表取締役社長に就任。エコ窓の普及を軸としたCSRへの取り組み、社内SRの推進に尽力している。
Company Data
| 社名 | マテックス株式会社 |
|---|---|
| 所在地 | 〒170-0012 東京都豊島区上池袋2-14-11 電話 03-3916-1231 FAX 03-3916-2645 |
| 設立 | 昭和24年11月 |
| 業務内容 | ・建築用板ガラス、鏡、住宅用サッシ、ビル用サッシ、エクステリア、住宅設備機器、店舗装飾資材、樹脂建材等の卸業および設計・施工 ・複層ガラスの製造、ガラスの切断加工、中低層ビル用サッシの製作等の製造・加工業 ・販売店支援 取引先であるガラス・サッシ販売店と共に、新築やリフォームのニーズ発掘およびHP作成等 ・環境活動 環境省登録の『エコ窓普及促進会』の事務局を務め、地域密着型の社会貢献の実施 |
| URL | http://www.matex-glass.co.jp/ |
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