語る 経営者インタビュー

2009.06.04 UPInterview Vol.108

株式会社ハセガワエスティ 代表取締役社長 阿久津五代子氏

人と人との心のつながりを大切にしたい (前編)

今週は、株式会社ハセガワエスティ 代表取締役社長 阿久津五代子社長のインタビューをお届けします。同社はブライダルの総合プロデュースをはじめ、司会者やアーティストのキャスティング、音響・映像プロデュースやコンサルティングなど、広範な事業を展開されています。また、レストランやコスメティックの開発、販売のプロデュースなど事業の裾野も広げています。多岐にわたる事業であっても、すべては「人と人との心のつながり」という軸を非常に大事にされている企業です。

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以前から「ハセガワエスティ」という社名が気になっていまして。「ハセガワ」という社名の由来を教えてください。
 
うちの会社は、もとは総合大型家具店「近代家具のハセガワ」の一部門として誕生しブライダル事業に進出、2000年に「株式会社ハセガワエスティ」として独立したんです。
 
もとは家具店だったんですね。
 
創業は1908年の老舗家具店で、桐箪笥や桐箱の製造、販売を行っています。職人の技術力はレベルが高く、桐の小箱などは天皇に献上していたほどでした。
 
ところが、東京を拠点にしていた家具店は、1代目の時に戦争で全焼してしまったんです。すべてが火の中に消えてしまい、ゼロからのスタートを余儀なくされ、焼け野原だった東京を後にし拠点を千葉に移して営業を再開しました。その後世の中は西洋化へと向かい、人々の生活様式も畳から床へと大きく変化し、それに伴ってテーブルや椅子、ベッドといった家具が飛ぶように売れるようになります。その時代の流れに乗って「近代家具のハセガワ」も急成長を遂げていきます。
 
ところが、高度成長期からバブル期、そして崩壊という時代の流れのなかで、「近代家具のハセガワ」は大型家具店としての看板を下ろすことになります。社名や別法人で出店した店舗は残していましたが、かつての盛況ぶりは見る影もなくなっていきます。この時期は「ハセガワ」だけではなく、他の大手家具店も相次いで閉店していきました。
 
家具店の経営状況が厳しくなっていった時期に、現会長の長谷川卓史はビジネスマンとしては多感な20代を過ごします。「ハセガワ」の跡取りとして家業を継ぐために修行中でしたが、在庫商売の厳しさが痛いほど身に染みていました。商品が飛ぶように売れる時代であれば良いのですが、一旦売れなくなる時代が来ると何億にもなる在庫を抱え、事業どころか経営すら危ぶまれることになる。長谷川としては、どんな時代が来ようとも、在庫に左右されない、ソフトで勝負できる事業展開をしたいと考えるようになっていったんですね。
 
なるほど。長谷川会長は「ハセガワ」の3代目だったんですね。御社の歴史の一部がだいぶ明確になってきました。会長とブライダルの出会いのきっかけは・・・。
 
在庫を抱えずにできる仕事を探すなかで、ブライダルの司会業に出会いました。もともと司会者向きの声の持ち主でしたし、場の雰囲気作りが得意だったということもあったと思います。司会業のなかでも特にブライダルに関していえば、ほぼ毎週末に仕事があるので安定している、商業ベースに乗っている、ビジネス展開も容易だと判断したんでしょうね。
 
そこで長谷川は司会養成学校で勉強した後私が所属していたプロダクションに登録してきたのです。私は数年の司会経験もあって、長谷川の現場指導をプロダクションから依頼されていました。
 
そこで色々と話をしていると、ある日「僕は司会事業での起業を考えているんです」と言い出したんです。私は正直に彼に言いましたよ、「起業はやめたほうがいい」と。
 
経営者インタビュー:株式会社ハセガワエスティ 代表取締役社長 阿久津五代子 氏
はじめは反対されていたんですか?
 
はい。結婚式は一生に一度の大事なセレモニーですから、司会者の役割はとても重要です。万が一、クレームになってしまった場合には賠償金という話にもなりかねない。ましてや、フリーランスで司会業をするのではなく、組織として事業展開を図るのであれば、きちんと人を育てていくことを第一に考えなくてはならない。それは生半可な気持ちでできることではないのです。だから、「ブライダルの司会業は、思うほど楽しいだけの仕事ではない。とてもリスクと責任の重さが伴う仕事なんです」とはっきりと伝えました。
 
それでも長谷川会長は夢を諦めなかったんですね。
 
はい。どうしても事業としてやりたいんだと言って。やはり代々会社経営をしている家系の血というものがあるんでしょうね、私がいくら厳しい現実を伝えても彼の決意は全く変わりませんでした。それほどまでに意思は固かったわけです。
 
「司会ビジネスは責任が重いので容易に取り組むべきではない」と考えていた阿久津社長なのに、何をきっかけに心変わりされたのか非常に気になります。そのエピソードを伺う前に、まずは阿久津社長ご自身と司会業の出会いについてお聞きしたいのですが。
 
学生時代に組織論に興味を持っていた私は、就職は組織として面白いところに勤めたいと思っていました。そして、絵画の専門商社に入社しました。叔父が画廊や画材店を営んでいて仕事のイメージが湧いていましたし、ビジネスについていろいろな角度から勉強したいと考えていたからです。商社では営業販売を担当、その後は秘書を経験させていただきました。
 
秘書として社長を日々サポートする一方で、取引銀行や重要なお客様との会合にも同行し、企業間の重要機密事項にも触れるようなポジションにも身を置くようになり、自分は“社長の右腕”であると思い込むようになっていました。
 
ところが、会社が上場するタイミングで、私の上司兼経営幹部としてある男性が入社してきたのです。その瞬間にハッと目が覚めたんです。企業が新しいステージに上がる際に必要とするのは、やる気のある女性社員ではなく、“男性”なんだと。私がどれだけ会社のことを熟知していようと、頑張って仕事をしようと、それ以上の存在にはなれないことを痛感しました。そして私が体験したことは何も特別なことではなく、日本社会がまだまだ男性中心に回っていることの象徴なんだろうとも感じました。
 
そのことをきっかけに仕事に対する考え方が大きくなったということですか?
 
そのとおりです。組織の中に身を置くよりも、自分の身体から捻出していける職種に転向すべきだろうと考え、プロの司会者を目指すことにしたのです。28歳の決断でした。アナウンススクールに通い、基礎を学び直しプロダクションに所属しました。忙しい日々を送るなかで、30歳を超え適齢期をむかえ、自分がこの先どうなっていくのか、どうしたいのかと生き方を真剣に模索していました。「司会としての経験を積み、技術にも自信がついてきたけれど、その先はどうして自己を確立していくべきか?」と。
 
そんなモヤモヤとした気持を抱えていた時期に、長谷川の「たとえ苦労してでも起業するんだ」という熱い思いと決意に、私の心はグッと動かされたのです。同じエネルギーを注ぐなら、何か自分なりに意味を見出せるもの、そして未来につながるものにと考えるようになりました。もしかしたら厳しい現実が待ち構えているかもしれないけれど、それでも挑戦していこうと。そして「近代家具のハセガワ」の一事業としてスタートを切ったのです。

経営者インタビュー:株式会社ハセガワエスティ 代表取締役社長 阿久津五代子 氏
 
最高のパートナーを見つけられての、新しい出発になりましたね。
2000年に「近代家具のハセガワ」から独立する際、新会社の社名に「ハセガワ」を残されたということに何か強い思い入れを感じますが。
 
「ハセガワ」という響きが、全くブライダルの会社をイメージさせないからと言って、長谷川自身はかなり反対していましたけれど(笑)。でも、私は企業としての伝統を守りたいという気持ちが強くありましたから、絶対に譲れない気持ちでいました。企業というものは、創業者の思いや代々受け継いできた方々の思いに支えられて成り立っていると思うのです。
 
例えば、自動車メーカーのトヨタやホンダも創業者名ですよね。その理由は、先代、先々代から引き継いできた遺伝子を責任持って守り通しているからなんじゃないかと。企業経営とは口で言うほど簡単なものではありませんよね。家具店としての「ハセガワ」は紆余曲折はありましたが、長く続けて来ることができた守り続けるべきこともあったはずです。これから先も企業として成長を続けていくためには、守り続けてきた方々の気持ちを大切にしたい。これまでを支えてきた方々の思いに、これから受け継ぐ私たちの気持ちを乗せる。そして明日の新しい物語を作っていこう、という思いをこめて、「STORY OF TOMORROW」の頭文字を取って「ST」、合わせて「ハセワガエスティー」です。
 
いやあ、いいですね。阿久津社長のその思いがグッと胸に刺さります。
スタート時はどんな感じだったんですか?
 
とにかく収支をしっかり意識し成り立つ企業を作り上げなければという気持ちでいっぱいでした。そうしなければ、事業化する意味はないわけですから、必死でした。始めは2人しかいませんから、とにかくあちこちに出向いて司会をする。そして、ある程度資金が確保できた時点で人材を採用し、育てていく。採用したスタッフを大切に育てていくためには、企業とお客様、つまりハセガワエスティと式場との関係を変えていく必要がありました。
 
それを具体的にいいますと?
 
お取引させていただく式場には、ハセガワエスティとは専属契約でお願いをするということなんです。その代わり、他業者よりもより適正価格でしかも、質の高い取引させていただくということを約束しました。
 
業界の慣例として、専属契約は行わないのですか?
 
一般的には、式場は複数の司会業者と契約していますよ。例えば、老舗の大手ホテルなどは、おそらく3~5社は出入りしています。
 
式場の専属ではないということがどういうことかと言うと、依頼に対して全面的な責任を持たなくて良いということ。式場から「○月○日の披露宴では、40代の男性司会者をお願いします」というご依頼に対して、日程が合わない、もしくは該当する司会者がいないのであれば、「合うもののスケジュールが埋まっておりまして」と断ることもできます。式場側もリスク回避のために複数社と契約していますから、いなければ他社に連絡すれば済むことです。
 
でも、専属契約にした場合には、依頼に対して100%応えられるような環境を整え、キャスティングや質などにおいて全面的に責任を持たなければならないということなんです。
 
経営者インタビュー:株式会社ハセガワエスティ 代表取締役社長 阿久津五代子 氏
専属でしか契約しないということは、自らの首を締めることにはならなかったのですか?
 
そう思われる方も多いかと思いますが、例えば、ある披露宴に参列した人が「あのホテルの司会は下手だったな」と言ったとしますよね。複数の司会業者が出入りしている式場であれば、どの業者のクオリティが低かったのかはすぐには分からない。
ところが、そこに出入りしているのが私たち1社のみであれば、お客様の評価=ハセガワエスティの司会者のレベルということになります。
 
つまり、ホテルへの評価=ハセガワエスティへの評価ということですよね。だからこそ、パーティを挙げるお客様に心から喜んでいただけるよう、クオリティの高いものを常に提供できるように努力し続けなければならない。努力を怠らず、提供するサービスやその評価に対しての全面的な責任を持つことで信頼性のあるサービスを継続的に提供できると確信していたからです。
 
専属契約の場合、競争原理が働かないため、クオリティが低下するんじゃないかと言われることもありますが、「クオリティに疑問を感じられた場合、いつでも契約を破棄していただいて構いません」とお話しています。
 
阿久津社長も随分思い切ったというか、強気な戦略に出ましたね。
 
司会業というものをビジネスとして成立させていくためには、そうでもしないと難しかったからです。
 
専属契約という新しい提案は、業界ではどんな反応がありましたか?
 
同業者からは「そんなの成り立つんですか?」と言われることもありましたが、簡単に真似ができないからこそ、そう言いたくなるんでしょうね。多くの司会業者は、一人ひとりを育てていくことに時間と根気がいることを分かっていますから、そこに労力を費やさず、登録制にして司会者を集め、数で勝負するといった戦略をとっているのです。
 
一方で、式場からの反応は想像以上に良いものでした。安心して任せられる、誰がキャスティングされても信用出来るという定評を頂くことができました。おかげさまで、営業をせずとも、契約数が、徐々に増えていきました。
 
結婚式は提供する側もチームワークですから、同じ方向を見て同じものを実現しようという気持ちがすべてです。私たちが提供しているのは人、そして人を通じたサービスが商品で、それらを評価して下さっているお客様と同じ夢を追いかけながら、その先にいる結婚式を挙げる方々に満足していただきたいという思いがあるのです。
 
専属契約を続けるということは、常に商品に自信を持っていなければいけませんね。
 
そうなんです。だからこそ、人材育成は非常に重要ですし、それ以前に司会者が司会という仕事だけに専念できる環境を作ることも同じくらい重要なんです。
 
専属制を取りたかったもう一つの理由は、司会者が本番でいい空間を作ることに専念するよりも担当者さんから指名を受けることに注力してしまう本末転倒の現実でした。
 
司会業者に登録している司会者の中には、個人的に営業活動をしなければならない方もいます。安定収入を得るために、式場側からの指名をいかに獲得するか。指名されるためならと式場の担当者を接待したり、贈り物を送ったりというのは案外一般的に行われているんです。
 
経営者インタビュー:株式会社ハセガワエスティ 代表取締役社長 阿久津五代子 氏
司会業者が次の仕事を保証してくれるわけではないから、やむを得ずといった感じなのでしょうか。そうなると、自分が司会者として生き残っていくためにと、司会者同士の足の引っ張り合いなんかも考えられますか?
 
本来そんなことはあってほしくないですよ。だって司会者が式場の担当者に気に入られることばかりを考えていたら、本当に喜んでいただければならないお客様、つまり結婚式を挙げる方々やご親族の方、お祝いにかけつけて下さった方々へ心が伝わらないですから。
 
ですから、本来の仕事だけに集中できるよう、会社が顧客獲得に全責任を負います。また、依頼のあった案件に対し司会者を最終決定するのも、会社が行うことにしています。
 
つまり、司会者個人が担当者に営業をして指名を受けたりしないということですか?
 
お客様からは「こんなイメージの方に司会をお願いしたい」といった希望はお聞きするのですが、基本的には「〇〇さんにしてください」といった指名は受けないことにしています。指名制をしかないことで、レベルの高い司会者がより多くの仕事をし、ひとりでも多くのお客様を喜ばせたい。
 
あるハイレベルの司会者が1日2組の結婚式で司会ができるとすると、仮に指名を受けてしまったがために、1回しかできないとします。そうなると、1組のお客様しか喜んでいただけない。2組できるということは、2組のお客様に喜んでいただけるということになりますから、喜んでいただける回数が多い方が良いに決まっているんです。
 
それはいたってシンプルな考え方ですね。
 
そうでしょう?物事をシンプルに考えて、本当にお客様に喜んでいただけるものだけを提供していく、それがハセガワエスティ流です。
 
現在は司会だけではなく、音響や映像など、広範なブライダル事業を手掛けていらっしゃいますが。
 
事業を拡大していったのも、シンプルをつきつめた結果なのです。数々の結婚式で司会をさせていただく中で、さらに素晴らしい音響が加わればもっと良い空間づくりが可能になるはずだと。映像についても、一生の思い出となる結婚式を映像に記録する、しかも結婚するお二人の人生に関わりの深い方ばかりが式に出席されていると思いますから、その記録がまさに人生の歩みを表現できるんじゃないかと。それを同一会社が行えば、一丸となってチームワークで絶妙な空間を演出できるだろうと考え、事業部として立ち上げようと考えたわけです。
 
そして、場の雰囲気づくりが抜群に上手い司会者が、本人の雰囲気が良ければなお良いのではということで、自然派化粧品の輸入販売を手掛けるSTフィロソフィ事業を立ち上げたり、結婚する男女が健康であればより幸せになれるだろうと考え、健康の源“笑い”をテーマとする『開運お福ラジオ』という飲食店の経営にも乗り出したんです。

経営者インタビュー:株式会社ハセガワエスティ 代表取締役社長 阿久津五代子 氏

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経営者略歴

株式会社ハセガワエスティ 代表取締役社長
阿久津五代子氏 (Akutsu Sayoko) 

1964年 栃木県出身
2000年 株式会社ハセガワエスティに入社
2003年 同社代表取締役社長に就任

Company Data

社名 株式会社ハセガワエスティ
所在地 〒107-0062 東京都港区南青山4丁目26番2号 3F
代表者 代表取締役会長 長谷川卓史    代表取締役社長 阿久津 五代子
設立 2000年5月1日
業務内容 ブライダル関連事業
ブライダルキャスティング業務
イベント関連業務
ブライダルコンサルタンツ業務
教育事業
人材派遣業務
紹介派遣業務
レストラン事業(『開運お福ラジオ』)
URL http://www.hasegawa-st.com/

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