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2009.09.03 UPInterview Vol.112
本物と本質を追求する心を未来に伝えたい (前編Ⅱ)
200年の歴史ある岩手県陸前高田市、八木澤商店の河野和義社長のインタビューをお届けします。伝統製法、安心志向、地産池消と、三拍子そろった蔵元の八木澤商店の8代目社長の他に、農業人、全国太鼓フェスティバルの立役者、食の地元学の実践者、と数々の顔を持っていらっしゃいます。それぞれについてたっぷりとお聴きすることができました。色々な活動のお話の中に経営のヒントがたくさん含まれていると感じました。ぜひ最後までお読みください。
【「農業人」河野和義】
社長は先ほど、農業をやらない人は社員になれないとおっしゃっていました。社員の農作業する姿もホームページで拝見してますし、先ほどのリーフレットなどにも描かれていました。農業へのこだわりについてもう少し詳しくお聞きしたいと思います。
当社では、自根きゅうりの醤油漬も作っています。昭和57年頃、地元の農家から売り物にならない太過ぎたり、細過ぎたり、曲がったりの見た目の悪い規格外のきゅうりを、漬物にでもできないものかと投げかけられました。
父親に相談すると、「漬物も発酵食品だが、醤油の微生物と漬物の微生物は違う。醤油の諸味の中に漬物の微生物が入ったらおかしくなるから、そんなことはやめろ」と止められたんですが、農家から引き受けてしまった以上、後には引けなくて、店の外で取り組むことにして、近所の納屋を借りて漬物作りを始めました。近所のおばあちゃん達の協力も仰いで、見た目はよくないけど、化学調味料や保存料を一切使わない漬物を作りました。当時は売り物にする自信はなくて、味噌・醤油を買ってくださったお客様におまけで差し上げていたんです。そうしたところ、もらってくれたお客様から評判がいいんですよ。「お袋の味だ」「お金出すから売って欲しい」っていうんです。自分で開発したわけじゃなく、昔ながらの地元の知恵をもらっただけなんです。
(社員作成のパンフレット)
「昔ながらの地元の知恵」とは、いい言葉ですね。それで、見事にきゅうりの醤油漬けが商品化されたわけですね。
そうは問屋が卸してくれなかったんですわ。漬物を始めて4年後、「なんかきゅうりがおかしい。ぶくぶく泡吹いてきた」と。漬けている途中からきゅうりが腐りだしてしまったんです。今から20年ほど前ですが、かぼちゃに接木をして栽培する方法が確立すると、育てにくいそれまでの自根きゅうりを作る農家はほとんどなくなりました。
自根というのは、きゅうりに他の野菜を接木しないということです。キュウリやナス、トマトなどの果菜類(ウリの仲間)は根っこの病気に弱いという特徴を持っているもんですから、それを予防するために強い根を持つカボチャなど他の野菜を接木するようになったわけです。カボチャと合体することで育てやすくなる代わりに、今度は塩を含む前に中が腐りやすくなってしまったというわけなんです。大手の漬物屋は普通に接木したきゅうりを使います。特殊な方法で腐らないようにして、着色料や人工甘味料、化学調味料などを使うもんですから、元のきゅうりの味はとうに消えてしまっています。本物の味じゃないということです。
なるほど、なるほど。農家から集まる規格外のきゅうりは、自根きゅうりではなかったわけですね。どうしても農家の方々に自根きゅうりを作ってもらわないといけないわけですね。
そうそう、そういうことです。最初は農家に自根きゅうりの栽培を説得して回ったんですが、失敗を恐れて見向きもされません。総すかんです。まあ、よく考えると生活がかかっている農家が、冒険できないのも当然だ。それで、自分で試してから説得し直そうと思ったんですよ。3年間失敗を続けました。自根で無農薬を追求したんですから簡単にいくわけがない。他の畑より早めに枯れてしまったところに農協職員が農家を連れてきました。「だめなきゅうり畑の勉強会」という題材にされちゃったわけです。うちの畑を見ると「使うべき農薬は使わないといけないんですよ」という言葉が説得力を持つわけですから、これは悔しかったです。周囲から、道楽者だの、奇人だの言われました。200年近いせっかくの醸造所が馬鹿な8代目のおかげで潰れる」とまで言われましたから。
散々な言われ方ですね。しかし、天下の農協まで敵に回しては、正直、諦めの気持ちも生まれてきたんじゃないですか?よくそこで踏ん張られましたね。
僕には農業の先生がいたんですよね。化学肥料を使わずにメインは羊の毛、大豆を発酵させたもの、炭、そして薄めた海水を混ぜるという常識を打ち破る栽培法でした。これは「ライフ農法」って言いましてね。化学的に作った窒素・燐酸・カリだけを使った畑は6~7年もすればおかしくなる。土中に微生物がいなくなって、ミミズもいなくなると教えられました。うちの畑は今、ミミズだらけです。それを狙ったモグラも来る。殺虫剤を撒いていないわけだから当然いろんな虫もきます。ところが虫の中でも一番最初に来る虫、これを大切にしなくちゃいけないんです。それが蜂です。ご存知のように蜂が花から花へと受粉してくれるから実がつくわけなんです。ところが農協の指導を受けた農家は、草が邪魔だから除草剤、虫が邪魔だからというので殺虫剤を撒いて、大事な虫までやっつけてしまってるんですね。まあ偉そうに言ってますが、試行錯誤の連続でした。僕が醤油屋で、ずぶの素人だったから、新しい農法に挑戦することができたんでしょうな。
「ライフ農法」ですか。いやはや、すごいドラマですね。その後農家の方々の取り組みに変化はあったのですか?
栽培を始めて数年は、7アールの畑に苗木500本で1.3トン程度だった収穫量も年々増加して、10トンを超えるまでになりました。まわりの農家も徐々に自根きゅうりの栽培に加わって、ほとんどがライフ農法に切り替えてくださいました。現在、高田は全国から注目される自根きゅうり産地になりました。
(自根きゅうりの栽培風景)

いやあ、見事なドラマの完結です。いいものを作れば評価されると、言うのは簡単ですが試行錯誤のご苦労は相当なものだったろうと想像いたします。
いいものを作れば評価されるのは、醤油でも野菜でも同じですわな。商店も農家もない。同じ住民なんだから、株式会社陸前高田の商品づくりを一緒に頑張っていると考えたいもんです。よく「官民一体」というような言葉を使いますが、商業も農業も官も民も区別なしに「住民一体」の思いで取り組んでいけばいいんだと思います。今野さん、人生のドラマに完結はないですよ。まだまだこれからが本番なんだと僕は思ってます。今は、陸前高田市、大船渡市などを合わせて、この地域で一番農地を耕しているのは八木澤商店とさいとう製菓です。住田町にある県有地10ヘクタールを共同で借り受けて、大豆やインゲンなどの豆類の大規模な栽培を始めてます。これも周囲からは「やめろ」と言われました。「絶対、失敗する」と。でも僕は言ってます。北海道でできてここでできないわけないだろうって。評論家の言うことを聞いていると一歩も前に進めません。何もしないで「やめたほうがいい」と言っているのが一番楽なこと。それで失敗すると「ほら、見たことか」と言う。でも失敗したらそれはそれでしょうがないことなんですよ。100の失敗の上に進歩があり、歴史が積みあがっていくんでしょう。失敗したって人の命まで取られるってわけじゃないんです。自分の責任でやっているんですから、あんたに言われる必要はないと。「男のロマン、女の不満」と女房に言われてますがね。
【「全国太鼓フェスティバル実行委員会会長」河野和義】
きゅうり畑は、ちょうど平成元年に始めたんですが、同じ年に始めたもうひとつ大きいことに「全国太鼓フェスティバル」があります。これは全国の和太鼓の合奏チームを集めてその技を競おうという大会で、20年を越えて、今や「太鼓の甲子園」と言われるまでになりました。これができたきっかけというのは、地元の祭りの「けんか七夕」なんですね。たまたま地元に長く根ざした商売をしているということで、保存会の会長と実行委員会の座長をやらせてもらうことになりました。これは900年の伝統ある祭りです。山車(だし)と山車(だし)を激突させて、山車を自分のほうに引き込んだほうが勝ち。男連中はその山車に乗って太鼓を打つのが夢なんです。盆と正月よりもここを離れた若者たちが帰ってくるの日が8月7日です。普通夏祭りというと日曜日にやるものですが、これは純粋な地元のための祭りだから曜日に関係なくきっちり8月7日にやっている。村上弘明という陸前高田出身の俳優も地元の若い衆になり切って参加してくれてます。今野さん、映像がありますからぜひ見てってください。
(全国太鼓フェスティバル鑑賞会) 

これは勇壮ですね。正に決戦です。村上さん、すっかり溶け込んでます。ひょっとしたら、この太鼓の部分にスポットを当てて、独立させたということなんですね?
今野さん、ご名答です。そうなんですが、そうなったのには事情がありましてね。今から50年以上前に、この山車にひかれて亡くなるという事故が起こってしまったんです。それで残念なことに警察からストップがかかってしまった。せめて山車の上で打つ太鼓だけでも続けようと始めたのが「けんか七夕太鼓」の始まりです。その保存会を作って20年くらい経ってから、いっそのこと全国の太鼓仲間に集まってもらって太鼓の大会にしてみようという発想が生まれたわけです。これだって、実は株式会社陸前高田の商品にしようと始めたことなんです。「太鼓フェスティバルがある、10月の第3日曜は空けております」という太鼓団体、チームは何十とあります。最初の年は、チケットを売り切るのに20日かかりましたが、チケットで苦労したのはその時だけです。翌年からはずっと3,000枚のチケットがなんと2時間で売り切れます。北海道から沖縄まで、全国でチケットを夜中に並んででも買って下さる。すごいことです。商売もこれくらいやれればいいのにと思ってやっていました(笑)。
何事もブランドになっていない最初の頃は大変なものだと思います。それを2年目から・・・・。河野社長、どんなマジックを使ったんですか?
マジックなんて、そんなとんでもないですよ。マジックじゃないですが、ちょっとした暗示めいたことは言いましたよ。「太鼓は大丈夫だ。そんなに無理やり売って歩かなくても、絶対に買いに来るから」って。もちろん内心は不安なんですよ。不安は不安なんですが、太鼓が人気を集めるというそんな予感はあったんです。誰だっておっかさんのお腹の中で実は太鼓を聴いて生まれてきているんです。お母さんの心臓の音が太鼓なんだぜって。それが本能というもの。太鼓は命の鼓動だって言うんです。大会のスローガンも「全国太鼓フェスティバルin陸前高田【命は鼓動から始まる】」というものにして、ずっと使ってきたんです。太鼓好きはこの町に多いんだという確信もありました。
「太鼓は命の鼓動だ」ですか。社長の口からは、次々に見事なフレーズが飛び出します。私もぜひ生で聴きたくなりました。しかし、チケット3000枚ということは、体育館かどこかでやっているということですね。実績も何も無い最初から強気の設定をされたもんですね。
そうです、体育館です。最初から3000人のつもりで体育館でしたから。そしたら、最初から無理だ無理だって言う声が多かった。仕事でもそういう人はいるでしょう?だから言ったんです。いいか、こういうものを楽しくやるにはね、あれがないからできない、これがないからできないって、無理な理由を探してちゃ駄目なんだって。全部プラス発想なんだよって。成功を信じて、みんなで一生懸命やって、その結果3000人入る器に仮に700枚しか売れなかったとしたら、それが俺たちの実力なんだと素直に認めればいいいじゃないかって。それを1000人だったらなんとかできるかもしれないからって、体育館やめて市民会館にしようなんて発想だったら、最初から失敗するためにやるようなもんです。一年目からそういう発想をしていたんじゃだめだよって言って、体育館で強行したわけです。
勇気の出るお話ですね。企業の組織などでは、むしろ組織の上の人間が安全を見るようなところがありますね。「失敗は許されない」などという言葉を言いがちです。実行委員長から「駄目だったら素直に認めりゃいいんだよ」なんて、腹をくくった言葉が出ていたら、それは現場にパワーが生まれますね。若い人たちにそうしたのびのび力を発揮できる環境が与えられるリーダーでなくてはなりませんね。
どんなバカバカしいアイデアでも、考えもしないでそんなの駄目だよと、若い人たちの発想をぶっつぶすような会議はしたくないですね。実行委員会の運営で一番に考えていたのはそういうことだったかもしれません。実際に、すごい若い子でこういう子がいたんですよ。何年かスタッフを続けていて、3年ぐらい経ったときに彼が言うんですね。「この会だけなんです、僕のアイデアを取り上げてくれたのは。ちゃんと話を聞いてもらえるのは。会社じゃことごとく僕のアイデアはつぶされます」って。「でもお前、会社から給料もらってるんだろう?無給でもこっちのほうが楽しいのか」って聞くと、楽しいと言う。「俺、河野さんにだったらナンボでも騙されまっせ~」って言われたんですよ。まあ僕がどうのこうのじゃなくて、若い人もみんな役に立ちたいと思っている、認めてもらいたいと思っている。認めればできる力をみんな持ってるんですな。普段大人しい、目立たない若者だったんです。その子ももう10年ぐらいやってます。
経営者略歴
株式会社八木澤商店 代表取締役
河野和義氏 (Kazuyoshi Kohno)
1944年 岩手県陸前高田市生まれ。
立教大学法学部卒業後、家業である味噌・醤油醸造業を営む老舗「八木澤商店」に入社。
Company Data
| 社名 | 株式会社八木澤商店 |
|---|---|
| 所在地 | 〒029-2204 岩手県陸前高田市気仙町字町110 TEL:0192-55-3261 |
| 代表者 | 代表取締役 河野和義 |
| 設立 | 1807年 |
| 業務内容 | 醤油・味噌・つゆ・たれ・漬物製造販売業 【主要製品】 醤油・・・生揚醤油、いわて丸むらさき 味噌・・・壱番蔵味噌、味噌職人、気仙味噌 つゆたれ・・・味付けポン酢柚子、ナムルジャン、焼き肉のたれ 漬物・・・白菜醤油味 しそ巻ききゅうり やません漬け、わらびっこと茎っこ 陸前漬け、ぬか包みむかしたくわん |
| URL | http://www.yagisawa-s.co.jp/index.html |
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