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2009.09.10 UPInterview Vol.112
本物と本質を追求する心を未来に伝えたい (後編Ⅰ)
200年の歴史ある岩手県陸前高田市、八木澤商店の河野和義社長のインタビューをお届けします。伝統製法、安心志向、地産池消と、三拍子そろった蔵元の八木澤商店の8代目社長の他に、農業人、全国太鼓フェスティバルの立役者、食の地元学の実践者、と数々の顔を持っていらっしゃいます。それぞれについてたっぷりとお聴きすることができました。色々な活動のお話の中に経営のヒントがたくさん含まれていると感じました。ぜひ最後までお読みください。
実際若い人たちの色々なアイデアで運営されているわけですね。
まあ、自分もけっこうな歳になってしまったんで、ついつい「若い人たち」って言い方をしちゃってるけど、若かろうと年寄りだろうと関係ないってことですよね。とにかく楽しいイベントにしよう。自分達も楽しもうっていう精神が大事なんだと。そういう精神で老いも若きも、皆で出したアイデアを大事にしていこうよと。これはすごく大事なことなんですよね。
実は、実行委員会は公募でスタッフを決めてるんですけどね、毎年解散して、また翌年公募してを繰り返している。どうしてそんなに面倒くさいことするのってよく言われます。「だってこれは仕事じゃないんだから」って言うんですよ。普通は地域おこしのため組織つくって、さあこの組織で行きましょうと。組織作りにえらい時間かけて、大げさな組織でカミシモ着てやっている。だから駄目なんだと。こんなのは半分遊びだと思ってやりましょう、と。だから入りやすく辞めやすくしないといけないんですね。なんたって、給料出ないんですからね。あくまでも自分の意思でやること。「やりたい」という気持ちが一番大事です。ボランティアなんだから、入りやすく辞めやすく。これです。実際会社でもそうでしょう?「頼まれ仕事」で、やらされ感でやっているうちは、いくら頑張ったって伸びやしませんよ。会社はそういうところでしょう。そんなことを考えながらやってます。
実は、実行委員会は公募でスタッフを決めてるんですけどね、毎年解散して、また翌年公募してを繰り返している。どうしてそんなに面倒くさいことするのってよく言われます。「だってこれは仕事じゃないんだから」って言うんですよ。普通は地域おこしのため組織つくって、さあこの組織で行きましょうと。組織作りにえらい時間かけて、大げさな組織でカミシモ着てやっている。だから駄目なんだと。こんなのは半分遊びだと思ってやりましょう、と。だから入りやすく辞めやすくしないといけないんですね。なんたって、給料出ないんですからね。あくまでも自分の意思でやること。「やりたい」という気持ちが一番大事です。ボランティアなんだから、入りやすく辞めやすく。これです。実際会社でもそうでしょう?「頼まれ仕事」で、やらされ感でやっているうちは、いくら頑張ったって伸びやしませんよ。会社はそういうところでしょう。そんなことを考えながらやってます。
実際にアイデアが形になった例をいくつか教えてもらえますか?
みんなのアイデアで座布団売ろう、テレカ売ろうって。とにかくアイデア出ます。毎年いろんな店出して、結構な売り上げをあげていると思いますよ。陸前高田で3000人も集めるイベントなんて、プロ野球でも来ない限り他にありませんからね。今は球場も老朽化しちゃってプロ野球も来ませんから、太鼓が一番のイベントになってます。1年目を終えて2年目を考えている時のことです。スタッフが「ほんとにどんなアイデア出してもいいんですか?」って言うから、「いいよ」って言ったんですよね。「じゃあ太鼓フェスティバルをNHKで全国放送してもらいましょう」って言ったバカなやつがいて(笑)。これには困りました。何しろたった一回やっただけの実績のないイベントなんですから。自分が、「どんなバカバカしいアイデアも否定するな」って言った手前否定はできないわけですね。「そんなことできるわけねえだろ」って、本音で言うとここまで出そうになったんですが(笑)。恐る恐る言ってみたんですよ、盛岡のNHKに。そうしたら何て言ったと思います?
「何年か実績積んでから」なんっていうことを言われたんじゃないですか?
それが違ったんですよ、今野さん。「実は取材に行っていたんですけど、あれは地域おこしのイベントとしてすごいです」って言うんですよ。だから、とりあえず「地域おこしじゃありません」って言ったんですけどね(笑)。で、2年目でNHK全国放送が実現ですよ。20年のうち17回全国放送していただきました。できないと思ったら死ぬまでできないけれども、できると思ったらできる。ほんとにアイデアを否定しちゃいけないんだってことを、つくづく感じました。今は機構改革になってNHKやらなくなっちゃったんですけど、2年目の放送は120分生放送だったんです。120分生でやろうってことになったんですが、そうしたらNHKは何と言ったと思います、今野さん。
社長、やけにクイズが多いですな(笑)。わかりました「やっぱり危険だから録画でやろう」って言われちゃったんですね。
残念。惜しいです。「生放送は素人には無理ですから、1週間前までに準備しておいてください。1週間前からはNHKのスタッフ全部仕切ります」ってこうですよ。「じゃあ来なくていいです」ですよね。だって、元々NHKに放送されたくて始めたわけじゃないんですから。素人がやると120分の台本が10分も20分も遅れるから、ってことなんですけどね。そう思うのもわかるけど、やってみなきゃわからねえだろう、って言ったんだけど。「絶対遅れるからプロに任せてくれ」って頑張られちゃったから「遅れたって構わねえでしょう。野球だっていいとこで終わるじゃないですか。途中で放映時間終わっちゃっても、まだまだ続きます、で終わればいいでしょう」って押し切っちゃった。それで、素人ながら、舞台監督もタイムキーパーも、全部それぞれみんなで分担してやっちゃった。それが、結果として8秒しかずれがなかった。
それはすごい。プロのNHKさんもびっくりでしょうね。私もバンドでコンサートをやってるのでわかりますが、こういうイベントはチームの入れ替えに時間がかかっておしてしまうんですよね。いやはや、それにしても初めての放映でそれは、快挙ですね。ところで、この全国太鼓フェスティバルを20年続けたことは、河野社長ご自身にとっても大きなことだったんでしょうね。何しろ20年です。すごいことです。
僕は太鼓フェスティバルをやっていなかったら、人前でこんなにしゃべったりすることもなかったと思うし、人間としても成長できずに、わがままなただのワンマン経営者のままだったんじゃないかと思えるんですよ。太鼓のおかげなんです。先ほど話したように多くのボランティアの皆さんと仕事したことも、実にいい経験をさせてもらいましたし、出演する太鼓のチームの皆さんとの触れ合いからも、多くのことを学ばせてもらったと思います。
ひとつのエピソードを聞いてください。4年目のことです。次の年の5年目が国民文化祭として、国と県が予算をつけてくれるというチャンスの年だった。この時には、一番若いやつが言うんです「会長おかしい」と。「これまで、会長が有名だとか上手だとかいう基準で出演者を呼んできた。確かにそれで喜んでいただいて、3000枚のチケットが2時間で売り切れるまでになった。それはすごいことだと思うけれども、違う挑戦の仕方もあるんじゃないか。こんな年にぜひ試したいという案がある」って言うんですよ。何だって聞くと「無名でもいいから、何かストーリーを持った太鼓を呼びましょう」と。それで決まったのが、「やさしさ」というテーマを持った太鼓を呼んでこようじゃないかということ。
ひとつのエピソードを聞いてください。4年目のことです。次の年の5年目が国民文化祭として、国と県が予算をつけてくれるというチャンスの年だった。この時には、一番若いやつが言うんです「会長おかしい」と。「これまで、会長が有名だとか上手だとかいう基準で出演者を呼んできた。確かにそれで喜んでいただいて、3000枚のチケットが2時間で売り切れるまでになった。それはすごいことだと思うけれども、違う挑戦の仕方もあるんじゃないか。こんな年にぜひ試したいという案がある」って言うんですよ。何だって聞くと「無名でもいいから、何かストーリーを持った太鼓を呼びましょう」と。それで決まったのが、「やさしさ」というテーマを持った太鼓を呼んでこようじゃないかということ。
なるほど、テーマ性のあるフェスティバルにしようというわけですね。またまた若い人たちのアイデアなわけですが、NHKの件があるから、社長も常にハラハラドキドキですね(笑)。「やさしさ」というテーマはどこから出てきたんでしょうか。
日頃から、皆で意思統一していたんですよね。スタッフ一人ひとりの言葉や態度が、すべてお客さまをお迎えする最初の顔になるんだよね、って。そして、それは大きな勉強の場になるんだと。笑顔をつくって優しくお迎えするのにお金は一銭もかからない。逆に「こんな仕事させやがって」と不満を顔に出して、ふくれっ面してやってみろ、お客さんにそのまんま伝染してしまうぞ、と。おれたちのテーマは「優しさとプラス思考」でいこうよ、と言っていました。この際、無名でもいいから「やさしさ」というテーマを持った太鼓に集まってもらおうということになったわけです。どうせ国民文化祭の5年目には有名太鼓が集まって来るんだから。
テーマで太鼓を探すというのは、大変だったんじゃないですか。
ええ、何しろ一生懸命探しました。親子の太鼓だとか、不良少年少女を立て直した太鼓だとか、いろんな太鼓が集まりました。そんな中でも僕が一番人間の優しさというものを印象深く考えさせられたのが、聾唖者の太鼓だったんです。

聾唖者の太鼓ですか?音が聞こえないわけですよね。太鼓の演奏ができるんですか?
そう音が聞こえないから、空気の波、波動で感じる太鼓なんです。それで呼吸も合わせて笛も吹いている。耳から聞いていない、肌で、そして全身で感じる演奏なんですね。この人たちの演奏そのものだけでも僕はすごく感動していたんですが、今野さん、演奏の後にすごいことがおこったんですよ。それを見て、ああ、人間って本当に優しいんだなということを、実感したんですね。
演奏している皆さんには拍手の音は聞こえないわけなんですが、手話の拍手のことを想定していませんでした。手話の拍手は、手を上げて手のひらをひらひらとさせる、音のない動作なんです。その年、実行委員に手話通訳のボランティアが十何人入ってくれていました。場内は真っ暗です。スポットライトがあたってるもんですから、太鼓打ちの人たちにはせっかくの客席の手話の拍手は全然見えなかったんです。僕は「しまった!」と思ったんですが・・・・。その瞬間です。照明係がスポットライトを消して、観客席の照明をつけてくれたんですが、そうしたら客席の3000人の手話の拍手が津波のようにウワーッと見えてくるんです。3000人の手話の拍手は、今野さん、見事だよ~。3000人の優しさで体育館中が充満したんです。これは打ち合わせも何もなしです。無理やりお願いした優しさじゃないってことです。
演奏している皆さんには拍手の音は聞こえないわけなんですが、手話の拍手のことを想定していませんでした。手話の拍手は、手を上げて手のひらをひらひらとさせる、音のない動作なんです。その年、実行委員に手話通訳のボランティアが十何人入ってくれていました。場内は真っ暗です。スポットライトがあたってるもんですから、太鼓打ちの人たちにはせっかくの客席の手話の拍手は全然見えなかったんです。僕は「しまった!」と思ったんですが・・・・。その瞬間です。照明係がスポットライトを消して、観客席の照明をつけてくれたんですが、そうしたら客席の3000人の手話の拍手が津波のようにウワーッと見えてくるんです。3000人の手話の拍手は、今野さん、見事だよ~。3000人の優しさで体育館中が充満したんです。これは打ち合わせも何もなしです。無理やりお願いした優しさじゃないってことです。
情景が目に浮かぶようです。お聞きしていて、胸が熱くなるというか、涙が出そうになりました。太鼓フェスティバルは、実行委員会と、出演する打ち手の皆さんと、そして観客の皆さんが一体となって成り立っているということですね。
ほんとにそうです。経営も商売もそうでしょう。自分達だけで勝手に成り立っているものは何もないんだということですよね。「やさしさ」をテーマにしたその翌年、国民文化祭の年には、初めてコンテストをやりました。
全国の創作太鼓の5年未満の団体と、それにプロ・アマ・年齢、性別をまったく問わない3分間一人打ちのコンテストです。賞金も賞品もなくて、あげられるのは名誉だけで、しかも交通費も出ませんから自費で来てください、と。
そんな悪条件にも関わらず、釧路から沖縄の嘉手納までの53団体がエントリーしてくださいました。出場してもらうのはそのうちの8団体。選ぶのに3日かかった。個人打ちには27人エントリーした中で10人決めて出てもらいました。その中に誰もが知っているプロが3人入っていたから、1位、2位、3位はこの3人の争いだと誰もが思っていたのですが、優勝したのは弱冠23歳のアマチュアだったんです。打つ姿、リズム感、作曲、タイム、ユニフォームが10点ずつで50点満点の採点です。
僕は審査副委員長だったんですが、優勝した彼に46点をつけました。他が全部10点だったのに、ある項目に6点しか付けなかった。タイムも含めて演奏は完璧でした。タイムにいたっては、3分の持ち時間のところ2分59秒という見事な終わり方です。6点だったのは「打つ姿」だったんです。長く伸ばした髪の毛が気に入らなかった。長いのはかまわないからキチッと縛って乱れないようにして来いと。太鼓なめやがって、この野郎。ロックンロールのエレキの大会じゃねえんだと思って、6点しか付けなかったわけなんです。それでも総合点で優勝しました。
全国の創作太鼓の5年未満の団体と、それにプロ・アマ・年齢、性別をまったく問わない3分間一人打ちのコンテストです。賞金も賞品もなくて、あげられるのは名誉だけで、しかも交通費も出ませんから自費で来てください、と。
そんな悪条件にも関わらず、釧路から沖縄の嘉手納までの53団体がエントリーしてくださいました。出場してもらうのはそのうちの8団体。選ぶのに3日かかった。個人打ちには27人エントリーした中で10人決めて出てもらいました。その中に誰もが知っているプロが3人入っていたから、1位、2位、3位はこの3人の争いだと誰もが思っていたのですが、優勝したのは弱冠23歳のアマチュアだったんです。打つ姿、リズム感、作曲、タイム、ユニフォームが10点ずつで50点満点の採点です。
僕は審査副委員長だったんですが、優勝した彼に46点をつけました。他が全部10点だったのに、ある項目に6点しか付けなかった。タイムも含めて演奏は完璧でした。タイムにいたっては、3分の持ち時間のところ2分59秒という見事な終わり方です。6点だったのは「打つ姿」だったんです。長く伸ばした髪の毛が気に入らなかった。長いのはかまわないからキチッと縛って乱れないようにして来いと。太鼓なめやがって、この野郎。ロックンロールのエレキの大会じゃねえんだと思って、6点しか付けなかったわけなんです。それでも総合点で優勝しました。
大したアマチュアでしたね。きっとプロを目指している人だったんでしょうね。しかし、審査副委員長だけずいぶん点数が辛かったってことですよね。
23歳だった彼は、30歳の時プロになったそうですよ。審査終わってから、楽屋に行って話していたんですが、僕は偉そうなことを言っていました。「優勝おめでとう。あなた難聴なんだって?去年は一切音が聞こえないし、しゃべれない人呼んだんだよ。あなたはこうして喋れるし聞こえる。だから絶対自分の弱点を人にばらさないほうがいい。」なんて言わなくてもいいようなことを言ってしまった後で、わかったことがあるんです。
実は彼には耳がありませんでした。それを見た時、僕は、ハッと息がつまって声が出ませんでした。そのことを隠すために髪を長くしていたことがわかりました。僕は、ここで謝らないと一生後悔する、そんな気がして咄嗟に土下座をしていました。「申し訳なかった」って。だって、彼は太鼓をなめてなんかいなかったわけです。きゅうりの栽培でもなんでも、見た目にこだわらないで本物で勝負だ、なって言っていた自分が、見た目で判断していた。それが情けなくてしょうがありませんでした。
実は彼には耳がありませんでした。それを見た時、僕は、ハッと息がつまって声が出ませんでした。そのことを隠すために髪を長くしていたことがわかりました。僕は、ここで謝らないと一生後悔する、そんな気がして咄嗟に土下座をしていました。「申し訳なかった」って。だって、彼は太鼓をなめてなんかいなかったわけです。きゅうりの栽培でもなんでも、見た目にこだわらないで本物で勝負だ、なって言っていた自分が、見た目で判断していた。それが情けなくてしょうがありませんでした。
そうですか。劇的なお話です。そんな状況の中ですぐに謝られる社長の率直さは素晴らしいですね。彼も驚いたでしょうね。
後日話した時には、確かに「なんて大げさな人なんだと思った」って言ってましたね(笑)。彼はその時楽屋で言っていました。「河野さんが率直に言ってくれたので、僕も正直に言いますが、今日の優勝は実は2番目にうれしかったです」って言うんです。他にもっといい賞をもらったことがあるという意味かと思って聞くと、どうやらそうじゃない。「生まれて初めてもらった“27人のエントリーから10人の出場者にあなたが選ばれました。ぜひ陸前高田でご披露ください”という葉書が一番うれしかった。お袋と抱き合って喜びました」って言うんです。「太鼓打ちにとって甲子園みたいなものです。出場決定のほうがうれしかったんです」と。
彼は耳がないことで相当いじめられてきて、それを太鼓に打ち込むことで乗り越えてきた自分史を持っている。その母親と一緒に乗り越えてきた歴史も思い起こしていたんじゃないかと思います。優勝よりも出られたことがうれしいと本気で言えるというのはすごいことだなとその時思いました。自分から本物と言っている間は本物なんかじゃない。第三者に認められて初めて本物になりうるということですね。太鼓打ちも商売も同じなのかもしれません。太鼓たたきにはすぐになれても、太鼓打ちにはなれません。本当に打ち込んでいないといい太鼓打ちにはなれない。その後30歳でプロになった彼は、本当に打ち込んでいた本物の太鼓打ちでした。
彼は耳がないことで相当いじめられてきて、それを太鼓に打ち込むことで乗り越えてきた自分史を持っている。その母親と一緒に乗り越えてきた歴史も思い起こしていたんじゃないかと思います。優勝よりも出られたことがうれしいと本気で言えるというのはすごいことだなとその時思いました。自分から本物と言っている間は本物なんかじゃない。第三者に認められて初めて本物になりうるということですね。太鼓打ちも商売も同じなのかもしれません。太鼓たたきにはすぐになれても、太鼓打ちにはなれません。本当に打ち込んでいないといい太鼓打ちにはなれない。その後30歳でプロになった彼は、本当に打ち込んでいた本物の太鼓打ちでした。
確かに、自分から本物だ、プロだと声高に広告することが当たり前の世の中になってます。「第三者に認められて初めて本物になる」座右の銘のひとつにしたいですね。3000人の観客が全国から集まってくるイベントは当日の運営も相当なご苦労があるでしょうね。そこにもいろんなドラマがあるんでしょうね。
スタッフは毎年公募だと言いましたが、基本的には自ら手を上げてやってもらっているということです。スタッフを大きく6つの部会に分けて運営してるんですが、中でも一番ユニークなのは場外設営部だと思ってます。
場外設営部は、駐車場の係だとか、館外の案内だとかそういう仕事のことです。場外ですから中でやっている太鼓は全然見たことがないんですね。それなのに、皆手を上げてくれるんです。駐車場の係の人たちというのは、平成元年から平成11年までほとんど同じ人がやっていました。普通だったら、駐車場の係を命令されたら、腹の中で「何でおれが駐車場の係なんだ」と面白くなく思うでしょう。そんな思いは微塵も出さずに、にこにこ笑って、お迎えし、最後には駐車場でみんなで手を振ってみんなでお見送りする。この最初と最後に接点を持つ人の印象が非常に大事なんですな。会社でも、年がら年中社長がお客様に一番最初に会えるわけじゃないですよね。その会社の一番最初に会った人で50パーセントはその会社のイメージができてしまう。恐ろしいものですね。それが商売の原点だと思ってます。
場外設営部は、駐車場の係だとか、館外の案内だとかそういう仕事のことです。場外ですから中でやっている太鼓は全然見たことがないんですね。それなのに、皆手を上げてくれるんです。駐車場の係の人たちというのは、平成元年から平成11年までほとんど同じ人がやっていました。普通だったら、駐車場の係を命令されたら、腹の中で「何でおれが駐車場の係なんだ」と面白くなく思うでしょう。そんな思いは微塵も出さずに、にこにこ笑って、お迎えし、最後には駐車場でみんなで手を振ってみんなでお見送りする。この最初と最後に接点を持つ人の印象が非常に大事なんですな。会社でも、年がら年中社長がお客様に一番最初に会えるわけじゃないですよね。その会社の一番最初に会った人で50パーセントはその会社のイメージができてしまう。恐ろしいものですね。それが商売の原点だと思ってます。
なるほど。中でやっているイベントを中心に考えると、駐車場係りの仕事は陰の仕事と思いがちですが、お客様の目線で見ると、最初と最後の接点になりますね。その仕事を使命感を持って毎年自ら手を上げてされるスタッフの存在はありがたいことですね。しかし、お客様にしても、イベントのことは覚えているけれども、駐車場係りのことまでは覚えていない。だから自ら使命感を持たなくてはいけない、ある種ストイックな持ち場ではありますよね。
それはそうなんですが、今野さん。見ている人はちゃんと見てくれているものだと実感する出来事があったんですよ。ある年に僕にファンレターが来たんですよ。女の人から。これはちょっとした自慢になっちゃうんですけどね(笑)。
あなたの運営上のリーダーシップは、毎年見ているがすごいと。そんなありがたいお言葉をいただいたわけです。まあ、会長なんですから当然と言えば当然なんですが。で、その翌年にその方からまた手紙をいただいたんです。そこには「あなた以上の実行委員を発見しました」と書いてありました。「駐車場の係の人たちがほとんど同じ顔ぶれでした。あの人たちがもし自らやっているとすれば、あなた以上の人たちです。私はあの駐車場の人たちの笑顔のファンになりました」って書いてあったんです。そして次の年のことですが、駐車場係りにだけ、チョコレートの差し入れが入ったんです。
あなたの運営上のリーダーシップは、毎年見ているがすごいと。そんなありがたいお言葉をいただいたわけです。まあ、会長なんですから当然と言えば当然なんですが。で、その翌年にその方からまた手紙をいただいたんです。そこには「あなた以上の実行委員を発見しました」と書いてありました。「駐車場の係の人たちがほとんど同じ顔ぶれでした。あの人たちがもし自らやっているとすれば、あなた以上の人たちです。私はあの駐車場の人たちの笑顔のファンになりました」って書いてあったんです。そして次の年のことですが、駐車場係りにだけ、チョコレートの差し入れが入ったんです。
河野社長、さり気なく自慢されますねえ(笑)。先ほど社長が、駐車場係りは最初と最後の大事な接点の役目なんだというお話をされていましたが、係りの人たちは忠実にその役割を果たしていたという証明ですね。「見てる人は見てる」という言葉を地味な仕事をする人への申し訳に使う場合がありますが、正に見てくれていて、しかもファンになってくださっている方がいる。それを実感したら仕事というのはまったく別のものになりますね。
そうですね。お客様と一口に言いますけれども、一番大事なのは「ファンをつくる」という意識でしょう。そこに気がつくわけです。まあ、しかしスタッフは偉いですよ。10年以上、駐車場係をやっているあるスタッフはこう言うんです。「わざわざ陸前高田に来てくれたお客さんたちに最初に挨拶できるし“よかった、また来年来るね”という言葉に対して、ありがとうと言える。こんなやりがいのある係りは他にない」って。僕は「太鼓の演奏も聞けなくて、つまんないべ」と思っていたんですが。こういう素晴らしいスタッフやお客様がいるからこそ、太鼓フェスティバルが本物になったんだと思っています。
経営者略歴
株式会社八木澤商店 代表取締役
河野和義氏 (Kazuyoshi Kohno)
1944年 岩手県陸前高田市生まれ。
立教大学法学部卒業後、家業である味噌・醤油醸造業を営む老舗「八木澤商店」に入社。
Company Data
| 社名 | 株式会社八木澤商店 |
|---|---|
| 所在地 | 〒029-2204 岩手県陸前高田市気仙町字町110 TEL:0192-55-3261 |
| 代表者 | 代表取締役 河野和義 |
| 設立 | 1807年 |
| 業務内容 | 醤油・味噌・つゆ・たれ・漬物製造販売業 【主要製品】 醤油・・・生揚醤油、いわて丸むらさき 味噌・・・壱番蔵味噌、味噌職人、気仙味噌 つゆたれ・・・味付けポン酢柚子、ナムルジャン、焼き肉のたれ 漬物・・・白菜醤油味 しそ巻ききゅうり やません漬け、わらびっこと茎っこ 陸前漬け、ぬか包みむかしたくわん |
| URL | http://www.yagisawa-s.co.jp/index.html |
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