株式会社マングローブ
 
語る
忠三株式会社 
草薙 忠夫氏

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鬼才異彩

 忠三株式会社
 本   社:東京都江戸川区篠崎町2-409-1
        ウィルスクエアー1F
 設   立:1985年
 事業内容:菓子製造・販売
 URL:http://www.chuzou.com
 
 
今回は、東京・江戸川区篠崎にて、和菓子を中心に製造・販売する『忠三櫻本舗』を経営されている忠三株式会社・代表取締役草薙忠夫氏にお会いしてきました。 お店の看板商品である銅鑼焼きを始められたきっかけや商品へのこだわりについて語っていただきました。


料理評論家として有名な服部幸應氏著書の『ごちそう取り寄せ帖』に、御社の忠三銅鑼焼が取り上げられていますね。
           

そうなんです、本当に喜ばしいことですよね。そもそものきっかけは人形町にある『きく家』さんという料亭で、お食事をされたお客様への手土産用にうちの忠三銅鑼焼をお使い頂くようになってから9年近くになります。服部幸應さんに忠三銅鑼焼のことを知っていただくきっかけとなったのも『きく家』さんのお土産。「この銅鑼焼は美味しい」と気に入って頂き、今回の出版物の話へとつながりました。
また、出版物だけでなく、数年前に日本橋高島屋さんで開催された"服部幸應が選んだ東京グルメの鉄人たち"という催事にも出展させて頂き、それがきっかけで今では週に2日地下一階の全国銘菓売場に置いて頂いております。お客様から「おたくのお菓子が高島屋に置いてあったわよ」といったお声を頂くときは、本当に嬉しく感じます。また、語り尽くせないほどに『きく家』さんから始まったご縁は多く、ご縁の大切さを実感しております。

その『きく家』さんとのご縁のきっかけについてお聞かせ頂けますか?

『きく家』さんのご主人のお兄さんと私が友達だったというのがきっかけです。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、『きく家』さんは、お料理は勿論のこと、女将さんがソムリエのように、それぞれのお料理に合わせた日本酒を選んで出してくれるこだわりのある料亭なんです。その女将さんがうちの銅鑼焼きのことを聞き、わざわざお店まで足を運んで下さったのですよ。うちの銅鑼焼きは添加物を入れていないのですが、そんなこだわりに相通ずるところがあり、気に入って頂けたのではないかなと思っています。

お店の名前にも入っていたり、花模様の包装紙が使われていたりと、"さくら"が御社のトレードマークになっていますが、この"さくら"にもこだわりを感じるのですが。

創業当初は、『銘菓処忠三』という店名で関西方面から仕入れたお菓子だけを販売していたんです。しかしながら、かねてから「篠崎名物を作りたい」という思いが私にもスタッフにもあり、オリジナルのお菓子を作っていこうと一念発起し、平成4年から自社で作り始めました。そしてこのことを境に、店舗も建て直し、店名も変えたんです。店名については、もう少し柔らか味のある名前にしたいという気持ちと、すでに篠崎に根付いていた『忠三』という屋号は残したいという想いを組み合わせて『忠三櫻本舗』と名付けました。"さくら"は、何といっても日本の国花ですからね。また、ロゴや包装紙なども店名にかけて"さくら"をモチーフに作りました。そして、何よりも「美味しいものを手頃なお値段で、そして綺麗な包装で販売していこう」というコンセプトにこだわってまいりました。その結果、地元の小中学校での年間行事の際にご注文頂いたり、また光栄ながら東京都知事賞などの賞を頂いたりと、「篠崎名物を作りたい」という思いが実になってきたように感じています。

販売だけでなく製造工程まで行うとなると、大変なことも多かったのではないでしょうか?

確かに最初は大変でしたね。今考えてみると自分でもよくやったなと思いますよ。なんせ売れるか売れないかわからないもので商売を始めるわけですから。さらには、お菓子職人さんの採用や機械の購入など、やるべきことも多かったですね。例えば、当初どら焼きの皮を焼く機械はあったのですが、あんこを詰める機械はまだその頃には無かったので、全て手作業だったんです。あんこがはみ出てしまうこともあり、慣れるまでには相当時間がかかりましたよ。また、ちょうどその年は冷害で、小豆は品質が悪いうえに高価格という状況だったんです。今では、手触りで小豆の良し悪しがわかるようになりましたが、その頃は小豆を炊くことにも慣れていない状態でしたから、ちゃんと炊けていない小豆が入ったままの銅鑼焼きをお店に出してしまったこともありましたよ。しかしながらこの経験があったからこそ、あんこも皮も全て自家製というこだわりの銅鑼焼きが出来たのだと確信しています。

そのご苦労があって、今ではそのどら焼きが看板商品となっているわけですね。 どら焼きを作ろうと思われたきっかけは何ですか?   
                     

どら焼きというのは歴史が長く、さらには高価なものから安価なものまであるというポピュラーなお菓子ですよね。今まで見たこともないような新しいお菓子を作るのではなく、誰でも知っている馴染み深いどら焼き作りに敢えて挑戦し、更に美味しいどら焼きを作り上げたいという思いがありました。

 
 
 
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