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株式会社 東京乳母車
横田 建文氏
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後編 Page
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株式会社 東京乳母車
本 社:東京都調布市小島町1-5-3
設 立:1994年4月
事業内容:ベビーカーの製造販売
U R L:
http://www.babycar.co.jp
今回は、籐のバスケットを使ったおしゃれなベビーカー「プスプス」の製造販売を行う、株式会社東京乳母車の横田建文社長にお会いしてきました。前編では「プスプス」誕生までの紆余曲折を中心に語っていただきました。
ところで、折りたたみ式、軽量化の方向へ進んでいるベビーカー業界において、籐のバスケットを使った「プスプス」を開発されたきっかけは何だったのでしょうか?
14年前に一番下の子が生まれて、その時、その子のために自分なりのアイデアで改良したものを一台プレゼントしてあげようと考えたんです。家内と一緒に。上の子の時に使っていた(昔の)乳母車を改良するだけのことだからそんなに大変じゃないだろうと思いました。私の父が自動車部品の会社をやっていた関係で、開発の人に力を借りながら図面引いて試作をやりだしました。ところがやりだしてしばらくしたらとんでもなく大変だということが分かった。予算50万円ぐらいで出来るだろうと思って始めたのですが、全然出来ない。とてつもなく大変でした。
横田社長ご自身のお子様向けに作りはじめた乳母車ですが、製品化の目途がつくまでにはどれくらいの期間があったのですか?
今の会社は設立してから12年目ですが、設立前には特許事務所に勤めながら図面を引いたり、手作りでやっていた時期が2年くらいありましたね。その途中で会社を設立したわけです。それでもすぐに製品が出来たわけではなくて発売になったのはそれからまた2年経ってからです。都合4年くらいかかっていますね。
社長が会社を設立しようと決意された背景を教えてください。
丸2年かけて「こんな感じでいけるのではないかな」というのが出来た時には、個人の趣味の領域をはるかに逸脱していました。ただ、自分が乳母車のユーザーとして10年近く使っていた経験があるので、「こういうところをこうすればいいはずだ」という点には自信があったわけです。イメージする性能を発揮させるためにはこういう部品が必要だとか、こういう材質にしなきゃいけないというものが出てくる。もちろんなるべく安く作らなければ商品として成立しない。そのようなことをずっと特許事務所に勤めながら考えてきて、この辺で「いけるんじゃないか」という目途がついてきたんですね。さらに、その頃ちょうど世の中はベンチャー育成ということで創造事業法とか研究開発助成金とかいろんな制度が出来ていた頃ですね。そういうものを利用しながら「プスプス」を育ててきたんです。
ところで「プスプス」はどんな商品なのでしょうか?
4輪の台車の上に籐で編んだバスケット、そこに幌もついている。見た目としては、いわゆる絵本に出てくるような昔のタイプの乳母車です。皆さん、「以前、どこかで見たような気がする」とおっしゃいます。愛知、静岡、岐阜、三重などの中部地方では、籐のかごを作る職人さんがまだ何人かいて、そこでは、昔のタイプの乳母車も結構使われているのです。ただ、乳母車としてというより荷物車として使われているケースが多いようですね。お年寄りが買い物に使うとか、農作業の時にものを運んでいくとか・・・。もちろん乳母車として使っている方もたくさんいらっしゃいますが。うちのお客さんでも子供の頃、乳母車で育ち、いつか自分が子供を産んだら絶対に乳母車にしたいと思っていた人が多いです。うちもかつてユーザーだったので、そういう人とは一発で話がつきますね。
「プスプス」を開発するにあたり、どのようなところが大変だったのですか?
この乳母車は100%オリジナルなんですよ。昔の乳母車を参考にはしましたけれど、車輪も、かごのデザインも、細かいメカニズムも、全部自分でやりました。小さな部品をちょっと加工するのにも、材質をプラスチックにしたらいいのか金属にしたらいいのか、どんな金型を使ったらいいのか・・・、前例がないので誰も教えてくれないんですよ。 更に、うちは自社工場を持っているわけではなく全部外注加工です。金型は自社の金型を外注先に預ける形になるわけですから、信頼関係を築いていくのが大変でしたね。はじめは、どこの会社にどの部品を頼んだらいいのかというところから始めなければならなかったわけで、それは非常に大変でしたよね。電話帳を見て、片っ端から電話して見積もりを出してもらったり、一つのメーカーから他のメーカーさんを紹介してもらったり。実にいろんなことをやりましたね。
その頃開発した「プスプス」と今の「プスプス」に違いはあるのですか?
違いあります。外観はほとんど一緒なので、ユーザーの方は気が付かないと思いますけど、細かい部分を含めると100箇所くらい改良しているんじゃないですかね。 初期の製品からすると非常に性能がよくなっています。いろんなノウハウも詰まっていますね。
徹底的に改良していくというのは自動車部品工場で働いていたお父様の影響というのもあるのですか?
父も工夫が好きな人間でしたね。子供の頃ちょこちょこそういうアイデアの話を聞かされた記憶があります。父は、ずっとメーカーにいましたから常に現場の工夫というものを意識していました。そういう後姿を見て育ったので、私も子供の頃から発明が好きだったのは確かですね。
いよいよ製品化され、次は「どうやって売るか」ということになると思いますが、当時、社長はどのように考えていらっしゃいましたか?
まずは、一人でやるわけですから普通の方法では無理だろうということがありました。お店を構えてそこで売っていくというやり方は、初期投資がかかりすぎる。それから大手メーカーのように問屋を通じて大量販売していくというのも、小資本では難しい。それで「通信販売で行こう」というのをかなり早い時期から決めていました。通販でやれば全国一律にカバーできます。出版関係の仕事をやっていた時期があるので、雑誌広告による通信販売には少し勘が働く部分もあります。通販で個人のお客さんに直接売れば、非常にいいものを中間マージン無しでリーズナブルに提供できるはずだと思いました。
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