株式会社マングローブ
 
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武蔵野労務行政事務所
猶木 貴彦氏

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鬼才異彩

武蔵野労務行政事務所
 所在地:東京都武蔵野市吉祥寺本町1-4-11
      ライオンズステーションプラザ吉祥寺504号
 設   立:1994年7月
 事業内容:労働保険・社会保険の手続き、相談、指導業務
        職場内メンタルケアのサポート、給与計算業務
 U R L:http://www.rousei.com
 
今回は、武蔵野労務行政事務所の猶木氏にお会いしてきました。社労士事務所としての独自性や、 事務所の理念である『シアワセ職場』について、また今後の展望などを伺いました。


学生の頃の気持ちを思い出していただきたいのですが、自分が社労士として、そして事務所の代表として活躍している姿は想像できましたか?

いいえ、学生の頃を考えると社労士になるなんて想像つかないほどいたって普通の学生でしたよ。部活動でアメフトをやっていたので生活の半分はそれで埋まっていましたし・・・。4年生になり、就職活動を始めたんですが、学部が理工学部だったので周りの友人たちのほとんどはメーカーやシステム関連の会社を回っていました。ところが、僕はまったくメーカーには興味がなく、総合商社を中心に就職活動をしていました。結局、ある商社から内定をいただのですが、「いろいろな会社を見ることができる就職活動って学生時代にしかできない経験だな」と思い、その後も続けていたんですね。そんな中、たまたま受けたのがリクルートでした。初めは興味本位というスタンスだったのですが、魅力的な社員の方との出会いもあり、どんどん選考が進んでしまい、最終的には、リクルートに入ることに決めました。

アメフトをやっていたんですね。 リクルートシーガルズ(現オービックシーガルズ)が強くて有名ですが、 社会人になってからもアメフトを続けられていたのですか?

大学で辞めるつもりだったのですが、リクルートに内定したあとすぐに、当時の社内アメフト部の部長さんから「練習を見に来い。念のために防具を持ってきて」と言われましてね。普通はこの時点で気付くんですけどね。(笑)行ったら案の定練習に参加させられてしまいました。練習が終わってからは、ファミレスで「来年から社会人リーグに参入する。5年で日本一を目指す」と夢を語られ、断れなくなってしまったんですよ。でも今思えばラッキーでしたね。できたばかりのチームだったので、チーム自体がどんどん成長し、僕自身もその中で成長するという体験ができましたから。

リクルート時代の思い出深いエピソードは何ですか?

そうですね、今でも忘れられないエピソードがひとつあります。リクルートに5年在籍したうちの後半2年半、転職情報誌『B−ing』の営業をしていたときの話なのですが、あるお客様のところへ幾度となく通い、私に対して信頼をよせてくださるようにもなり、いい関係を築くことができたんですね。そしてある週末に掲載申し込みをしてもらう約束を取りつけたんです。そのことを会社に戻って上司に報告をしたら、「何で仮申し込みをもらってこなかったんだ。今からでも行ってもらってこい」と言われてしまったんです。私は言われるがままに再びそのお客様を訪ねていきました。そんな私に対してお客様はこうおっしゃったんです。「さっきちゃんと約束したじゃないか。それなのに何でまた来るんだ」と。私はお客様を怒らせてしまい、結局その契約も破談となってしまったのです。この破談がそのときの上司のせいかというと、そうじゃないんです。自信を持って上司に対して「来週で大丈夫です」と言えなかった私のせいなんですよね。なんであのときその一言が言えなかったんだろうって、今でも悔しく思い出すことがあります。

独立のきっかけとなった出来事は何かあったのでしょうか?

先ほども話に出ましたが、当時は『B−ing』など転職情報誌の営業をやっていたのですが、バブル崩壊後だったこともあり、この先、このまま同じ仕事を続けていくべきかと迷っていました。 そんな時、ある会社の社長から、求人広告ではなく、リストラや給与制度改革についての相談をたまたま受けたんです。当時のリクルートにはそういう相談を受ける部署がなかったので、自分で本を読みながら見よう見まねで提案をしてみたところ、その社長に大変喜ばれました。でも自分の中では「本当にこれで良かったのかな?」「こういう分野のプロって誰なんだろう?」という疑問がふつふつと湧いてきて、本屋に行って調べてみたら、『社労士になるための本』というのを見つけたんです。早速、買って読んでみるとすごく面白くて、「自分が探していたのはこの仕事だ!」とすぐに決心しました。そうと決めてからは早かったですよ。(笑)週末には家内に話し、週明けには上司に「会社を辞めます」と宣言していましたからね。

なるほど。お客様の疑問に応えようと見よう見まねでやったことが、社労士という職業への道を切り開いたのですね。
                     

そうですね。普通は総務や人事で事務をやってきた人や法律を勉強した人が社労士の資格を取る場合が多いのですが、私の場合は営業現場での必要性から入って社労士を目指した特殊なケースだと思います。 1992年末にリクルートを退社してから試験勉強を始め、翌年に試験に合格。実務経験がなかったので半年ほどの指定講習を受け、94年に開業しました。20代最後の年でした。最初はどこかの事務所に勤めて経験を積むのが普通なのでしょうけど、求人もあまりなく、最初から自分でやっていこうと開業しました。結果的にはそれで良かったと思っています。なぜかというと、どこかで修行してしまっていたら、その事務所のやり方を踏襲してしまい、いわゆる「普通の社労士事務所」になっていたと思うんです。しかしながら、私の場合はこれまで自分なりのやり方をしてきましたので、独自性が出ていると思いますし、そこがお客様にも認めていただけているのかなという気がしています。

どういったところが独自なんですか。

アプローチ方法とか考え方が他の社労士事務所と違うのではと思っています。うちのスタッフにも「物事を法律だけで判断してはいけない」と話しています。社労士というのは労働法における法律家ですから、当然法律知識は必要です。お客様も「法律的にはどうなっているんですか」という質問をされます。そんな時、普通の社労士であれば「法律はこうです」と答えて終わるでしょう。 しかし、当事務所の場合は、それだけではなく「法律上はこうなっていますが、御社としては、こういう解釈もできます」といったようなアドバイスを心がけていますま。法律というのは時代に合わない部分がたくさんあります。法律を守ることだけでは、時代の変化に対応できません。時流に乗り、また、時代の先を行くためには、会社の仕組みを法律に合わせるのではなく、法律を自分達の会社の仕組みに合わせることが必要です。こういった提案・アプローチが当事務所の独自性だと考えています。

どういったところを大事にして仕事をしているのですか?

「人として何が正しいか」でアドバイスをしたいと考えています。役所で決められたとおりに書類を揃え、手続きを行うことは誰でもできます。しかし、われわれ専門家に求められているのは、その書類は何のためにあるのか、どんな効果、権利義務関係が生じるのか、それはお客様にとって正しい事なのかということを判断することです。 また、役所の言うことが全て正しいとは限りません。役所の決定に対して不服を申し立てる方法に『審査請求』と言う方法がありますが、これまで何回か審査請求をやりました。例えば、お客様の会社で若い方が過労が原因でお亡くなりになったケースがありました。労災を認定してもらおうとしたのですが、役所の基準と照らし合わせて認めてくれませんでした。それに対して審査請求をして、きちんと労災を認定させたことがあります。役所の判断が常に正しいわけではないということです。「人として何が正しいか」で判断し、一つ一つの仕事をしていきたいと考えています。



 
 
 
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