MG-NET+って?
お問い合わせ
まだまだあります情報コンテンツ!!
-----------------------------
【語る】経営者インタビュー
【繋ぐ】経営者を繋ぐ
【集う】イベント・セミナー
-----------------------------
【経営者のオススメ「おみせ」編】
【経営者のオススメ「おみやげ」編】
【経営者のオススメ「ほん」編】
-----------------------------
【健康ch】一覧
・本間健のヘルシー講座
-----------------------------
【BeansCompanyTopics】
【名言探訪】
-----------------------------
レ・プリックス株式会社
(2007年1月に株式会社
オフィスアーツに社名変更)
代表取締役社長 伊藤茂氏
インタビュー 前編 Page
1
/
2
後編 Page
1
/
2
経営者略歴
Company Data
経営者のおすすめ
鬼才異彩バックナンバー
レ・プリックス株式会社(2007年1月に株式会社
オフィスアーツに社名変更)
所 在 地:東京都渋谷区東2-9-8 STUDIO ARTS
TEL:03-5464-8887
事業内容:オフィスコンサルティング/企画・設計・施工
オフィス家具/什器・店舗家具/什器・各種業務用
什器・別注家具の販売
OA機器・事務機器の販売・卸・リース業務
不動産仲介業
U R L:
http://www.officearts.co.jp/
前回に引き続き、レ・プリックス株式会社の伊藤社長のインタビューをお届けします。
後編ではお父様の教えと、様々な仕事を経て今経営者として意識していることなどをお話いただきました。
以前輸入商社を経営されていたということでしたが、昔から起業を意識されていたのですか?
いいえ、特にそういう気持ちがあったわけではありませんでした。有限会社を立ち上げ、いくつかの企業の販売代理店としてソーラー製品から子供向け教材まで、実に様々なものを扱い、一般家庭を対象に訪問販売をしていました。面倒くさがり屋な性格なので、いかに効率的に仕事をし、お金を稼ぐかといったことしか考えていませんでした。
効率的に仕事をするということですが、どのような工夫をされていたのでしょうか?
例えば、ソーラー製品の場合、各家庭の屋根を見れば簡単に売り込めるか、売り込めないか分かりますよね。つまり高額品であるソーラーは一家に二台はいらない。そこで既に自社製品または他メーカーの製品が設置されている場合には、その家庭を飛ばして次の家庭を探すようになる。そこで、わざわざ飛ばさずに各家庭を訪問するには、様々な訪問販売の商材を持っていき適した商材を売り込めばいいんだと気づいたんです。
外から見て、ソーラー製品が設置されていなければそれを営業し、子供服が干されていれば教材を勧めるといった、臨機応変型営業に変えていきました。臨機応変と言えば聞こえはいいですが、要は究極の面倒くさがり屋だったわけです(笑)
その性格が功を奏したのか、商売としてはとてもうまくいっていました。ある村の大半の家庭にソーラーを主に諸々の商材を販売したこともあって、最も収入が多かったときで普通のサラリーマンの水準をはるかに超える月収を手にしていました。
それほどの大金を手にされて、これからは遊んで暮らそうとは考えなかったのですか?
まだ私も若かったですから、一瞬狂いそうにはなりましたね。しかし、親父から止められました。実は収入のことしか話をしていなかったのですが、その時点で「その仕事は辞めろ」と激怒されました。20歳の子が急に大金を手にしたので、何か悪いことをして稼いだお金か、人を騙して手にしたお金だろうとしか考えられなかったんでしょうね。「すぐにその金を全部使い切れ。全うに稼いだ金だったら全部使い切れるはすだ。そして3年間サラリーマンをやれ」と半ば命令状態でした。
立ち上げた会社を諦め、サラリーマンになれと?
ええ。「最後の命令だ」とも言われたこともあり、それを素直に聞くことにしたのです。 というのも、親父の給与明細を見せられ、その額に正直驚いてしまいました。親父は九州の出身で、製鉄会社の工場に永年勤務するような堅実な人間でした。その明細に記載されていた数字は確か当時の額面で30万円程度だったと思います。その額で家族4人の生活を支えていたということを初めて知ったんですね。
私の訪問販売での収入は、月額5千円の時もありましたが100万円を超えることも多くありました。それに比べて、親父は歩合制もなくコツコツと働いて収入を得るしかなく、そんななかで自分たちをよくぞここまで育ててくれたなと感謝するようになりました。
伊藤社長のお父様は最高の教育者ですね。
そうですね。息子に自分の給与明細を見せることは相当勇気がいったと思います。息子に対してのプライドもあったと思いますが、勘違いしている息子をどうにか正したい、全うな道を歩ませたいという思いしかなかったんでしょうね。そんな親心を感じ取り、親父の言う通りにするしかないと思い、素直に受け入れたのです。
前 編へ
NEXT PAGE
このページの先頭へ