株式会社マングローブ
 
語る
株式会社 神  原
代表取締役社長 神原令子様


  インタビュー  前編 Page 1/2
            後編 Page 1/2
  経営者略歴
  Company Data
 
 

  鬼才異彩バックナンバー







鬼才異彩

株式会社 神 原
 所 在 地:東京都台東区寿3-19-11
       TEL:03-3845-2511
 事業内容:プロ用写真台紙、高級アルバムの製造・販売
       写真フレーム、その他写場用品の輸出・輸入販売
 U R L:http://www.kambarajp.co.jp
 
前回に引き続き、株式会社神原の神原令子社長のインタビューをお届けします。
後編ではカリスマ的であった先代社長から事業を引き継ぎ、悩みながらも社員全員で新しい挑戦をしていきたいという強い想いをお話いただきました。


社長に就任されたときはどんなお気持ちでしたか?

それはもう不安でいっぱいでしたよ。私が社長になったことで、いつ反乱が起きるかと内心はビクビクしていましたから(笑)

父にはカリスマ性があり、ここまで会社を大きくしてきた実績がある。私は、その娘だからという理由だけで会社のトップに立っている。しかも、経営者としての素質があるかどうさえ今の自分には分からない。

社内には、私よりも業界に長く経験豊富な社員もおります。父の考えに賛同して永年働いている従業員です。先代の娘だからと言ってすべてを素直に受け入れてもらえるはずがない。そんなことを考えていたら、とてもじゃないけど平常心ではいられませんでした。

ところが、私の不安感はすぐにかき消されました。それよりも見守られ、助けられることの方が多いと感じています。きっと社員の方が一枚も二枚も上手で、私の不安な気持ちをすべてお見通しだったのかもしれませんね。そう考えると、社員が自信を持って働ける環境、新しいことにも挑戦できる環境を作ることに、なお一層力を注がなければという思いが強くなります。

令子社長の考える『社長業』とは何ですか?

「決断する」、これが私の考える社長業のキーワードです。迷ったとき、周囲に相談し様々な助言を得られても、最終的に決めるのは私しかいないんだと思います。

社長である私が会社の方向性を示さないと、ここで働く社員たちが迷ってしまう。 新しいことに挑戦するために、社内でいろんな意見やアイディアなどを出し合える環境を作る、そこから生まれたものを形にするために向かうべき方向を決定する、それが社長業のなかでも重要な要素だろうと感じています。

「社長業とは何か」といった帝王学を学んできたわけではないので、今はすべてが手探りですよ。先代社長とのやり方、考え方の違いに社員が戸惑うことも当然あると思います。

ところで、先代社長はどんな方だったのですか?

娘の私から見ても、社長としてカリスマ性がありました。圧倒的な存在感があり、社内を歩き回るだけでも周囲の雰囲気が変わる。空気が変わる瞬間というのがはっきりとわかるんですよ。生まれも育ちも浅草でしたから、粋なところもあって、社内だけではなく、地域内や業界内でも人々を魅了していましたね。

しかも、勘が働き、度胸もある人でした。例えば、写真撮影用家具の輸入は大当たりしました。

家具というのは、撮影中にポーズを取る際に使う椅子やテーブルといったもののことですか?           

ええ、そうです。今から35年位前のことになりますが、いきなり閃いたのでしょうか、父は社員を連れ立ってヨーロッパに家具の買い付けに出かけました。英語はもちろんのこと、その他の外国語も全く分からない二人が、飛行機で海を渡り、電車を乗り継いで目的地を目指しました。言葉が分からなくても何とか目的地には辿りつけるとは思いますが、さらに驚くのはきちんと家具を買い付け、船便に乗せる手配まで行うことができたことです。

しかも、一つ二つの家具ではなく、あちこちの店を回り、一度に何十点も買い付けてくるのです。支払う金額も決して安くはありませんから、恐らく価格交渉もしたでしょう。どう考えても、すべてを日本語で通してきたとしか思えないんですよね。今となってはどんな対話がなされたのかは最大の謎ですが、父が帰国した数ヶ月後には無事家具が到着していました。

それら輸入した家具は、当時の国内では珍しかったので驚くほど高く売れたんです。それで会社の業績が勢いよく伸びて、掘っ立て小屋のような本社が数階建てのビルになりました。(笑)

世界にも通用する存在感と持ち前の度胸が、ずっと父の味方をしていたと思います。自分で考え、即行動し、周囲を巻き込んで勢いよく引っ張る姿。私はそんな父を心から尊敬していました。ただ、いくらその血を引いているとはいえ、あの存在感を私自身が作り出せるかといったら、全く自信がありません。そういった意味では、一生かかっても父を超えるのは難しいでしょうね。

令子社長ご自身は、これからの神原をどのような会社にしていきたいと思われていますか?

まずは社員全員でいろいろな意見やアイディアを出し合い、共有する風土を醸成していきたいと思います。私一人が猛ダッシュをして先で待っているのではなく、社員全員と一緒に走るイメージ。それによって、社長の会社という意識ではなく、社員一人ひとりが自分の会社と感じられるようになったらいいなと思います。

今まではどちらかと言うとトップダウン経営でした。その中で培われたノウハウや考え方を真っ向から否定したくはないですし、その環境下で働いてきた社員が自らの意識をすぐに変えることはそう簡単ではないと理解しているつもりです。

私が4代目として引き継いだ以上、無論会社を存続させていきたいですし、社員の想いをかたちにする責任もあると考えています。そのためには、現状で満足していてはいけないとの危機感を持っています。

危機感ですか?

世の中は流れ、常に変革しています。これからは、変化にもっと敏感になり、数歩先を見据えて経営を考える必要があります。

例えば、カメラ業界ではデジタル化が急速に進んでいます。先代はそういった新しい技術にはあまり興味を示さず、会社として手を出すことにずっと二の足を踏んでいました。

さらに言うと、少子化の影響で七五三や成人式、結婚式の絶対数が必ず減っていきます。最近の傾向では、結婚式をあえて挙げないカップルも増えているというので、アルバム業界としては影響を受けかねません。              
 
前 編へ                                                NEXT PAGE
 
 
このページの先頭へ