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株式会社ビジネス・アーキテクツ
代表取締役 林 亨氏
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経営者略歴
Company Data
鬼才異彩バックナンバー
株式会社ビジネス・アーキテクツ
所 在 地:本社 東京都港区海岸1-11-1
ニューピア竹芝ノースタワー
TEL:03-3431-2511
下田オフィス 静岡県下田市三丁目13-11
事業内容:クライアントとその顧客とのあるべきコミュニケー
ションを提案し、その実現を支援するため、クライ
アントのブランド構築やマーケティング戦略から
Webサイト設計〜デザイン〜実装〜システム設計・
開発〜運用設計・支援までをワンストップサービス
として提供しています。
U R L:
http://www.b-architects.com
今回の鬼才異彩は、
Web
システムの企画・研究開発・制作におけるリーディングカンパニー、 株式会社
ビジネス・アーキテクツ 代表取締役 林 亨氏のインタビューをお届けします。
前編では、現在のビジネスにあますところなく生かされている、林社長ご自身のご経験についてお伺いしました。
ご経歴を拝見しますと、大学時代は建築学科のなかでも、建築音響を専攻されていらっしゃった?
はい。建築学科と聞くと、一般的には建物を建てるとか、デザインするとか華やかなイメージを持つ方が多いですよね。「建築音響」と聞いてもピンと来る人のほうが少ない。その名の通り、建物と音の関連性について研究する学科で、良い音から騒音までが守備範囲。例えば、飛行機の騒音に対する建物の防音設備、マンションの床の衝撃音の低減などから、コンサートホールの音響設計までとかなり幅広いことを研究しているところです。面白そうでしょう(笑)。
でも、普通は建築学科を目指す学生は2パターンあって、物理の得意な人は構造計算を専門に勉強。アーティスト志向の人は図面を描くなどデザインを専攻、「サグラダ・ファミリア」で有名なスペインのアントニオ・ガウディのように、独創的なデザインを追求する。そのどちらにも属さない、いわゆる真面目に勉強しないタイプが建築音響に集まるわけです(笑)。
そんなことはないですよね(笑)。実際はどのような学生時代を過ごされたのですか?
学生時代は貴重な経験が多かったですね。例えば、ある年の夏に防衛施設庁のアルバイトでブルーインパルスの騒音測定をするというのがありました。ご存知かと思いますが、ブルーインパルスというのは、航空自衛隊の広報活動専門のアクロバット飛行隊のことです。1日3回も空中練習をするというので、演習場所が変わるたびに、近隣に対して何かしらの騒音補償をしなければならない。そこで、どの場所で、どのぐらいの騒音被害が発生するかを測定するのが、アルバイトのミッションでした。
研究室所属の学生総動員で宮城県松島基地に赴き、各自測定器を持たされ、自衛隊のジープで指定場所まで連れていかれる。私の場合は、田んぼの中が指定場所でした(笑)。そして、そこで1日中測定すること1週間。暑いし、当然騒音も凄いし、結構堪えましたね。後から気づいたのですが、そこで稼いだアルバイト代は、いつのまにか全部研究室の予算になっていました(笑)。
それから卒業論文の制作過程も良い思い出ですね。『6畳間の音響設計』というタイトルで、家庭の6畳間でいかに良い音を楽しめるかを研究テーマにしました。まずは、仲間と一緒に大学の教室内に6畳間の1/1模型を作り、あらかじめ壁が取り外しできて、天井の角度も変えられるようにしておく。次に壁の質や天井の角度を微妙に変えながら何百通りも実験し、毎回全員で中に入りながら響きが良いとか深みがあるなど、感覚値を記録していく。物理的な数字と人間の感覚を合わせていく作業でしたが、人によって感覚が違ったりもして、かなり面白かったですよ。
興味深い話題が盛りだくさんの学生時代ですね。
ところで、ご卒業後の進路は当時どのように考えていらっしゃったのですか?
その頃は、企業に就職するといったイメージは全く持っていませんでした。というのは、実は学生時代に別の顔があって、ドラマーとしてバンド活動をしていたんです。でもそれだけで生活ができる程稼げていませんでした (笑)。という訳で、特に就職活動もせず、トラック運転手になって全国各地を回るのも面白そうだなと暢気なことを考えていました。進路について教授から尋ねられ「トラック運転手になろうと思っているんです」と素直に話したところこっぴどく怒られましたね(笑)。
それもそのはず、所属していた研究室は就職率100%を売りにしていたので、僕のような存在は許されない。「お願いだから、どこか就職してくれ」と言われ続け、その状況を見かねた先輩からパソコンソフト開発会社を紹介していただき、とりあえず開発の仕事をお手伝いさせて頂くようになりました。
そして少し経った頃、大学浪人時代に高円寺の喫茶店でよくつるんでいた仲間がソフトウェア開発会社を立ち上げたというので、一緒に働かないかと誘いを受け、社会人として本格的に働き始めました。 株式会社サムシンググッドという社名の、東京大学駒場キャンパス内に立ち上がった会社で、当時のメンバーはほとんど東大生。今でこそ在学中に起業する学生も多いですが、当時はとても珍しいことでした。
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