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株式会社パフ
代表取締役社長 釘崎清秀氏
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後編 Page
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経営者略歴
Company Data
鬼才異彩バックナンバー
株式会社パフ
所 在 地:本社 東京都中央区築地2-15-19
ミレニアム築地 9F
TEL:03-3547-5195
大阪営業所 大阪府中央区淡路町3-5-13
創建御堂筋ビル 2F
事業内容:就職情報サービス、求職者向け就職支援サービス
企業向け採用支援サービス、パンフレット・HPなど
の制作、キャリアカウンセリング、有料職業紹介
U R L:
http://www.puff.co.jp/
今回の鬼才異彩は株式会社パフ 代表取締役 釘崎清秀氏のインタビューをお届けいたします。現在「顔の見える就職と採用」をキーワードにした同社のサイトを通じて、求職者と企業の間にまったく新しい架け橋が渡されようとしています。そこで、今回はこの仕掛け人である釘崎氏に、求人情報業界の過去、現在、未来から、ご自身の経営感まで幅広くお話をうかがいました。
まずは「求職者と人材を求める企業に真のマッチングサービスを提供する企業」、株式会社パフ立ち上げの原体験などがあれば教えていただけますか?
実は学生時代、就職情報誌の最大手R社でアルバイトをしていました。いわゆる、広告営業です。この時の営業経験が、パフ立ち上げの原点になっています。
就職情報誌ですから、掲載内容は無論、求人企業の広告が中心でした。学生向け情報誌とは言っても、お客様はあくまでも求人企業。読者である学生に向けた記事もありましたが、どちらかというと、読み手のことを考えているというより、企業側に迎合しているという印象でした。その点について、学生アルバイトの身ではありながら、もう少し学生の方を向いてもいいのではないか、換言すれば、学生の視点をもっと大切にすべきではないかと感じていたんですね。これは業界全体の宿命ですから、仕方が無いことではありますが、企業の顔色を伺ってばかりいる就職情報誌のあり方に、少しずつ疑問を覚え始めていたんです。
するとご自身の就職は、就職情報誌と全く関係のない会社に決められたのですか。
その通りです。でも営業ではなく、アルバイト時代にめぐり合った小さなソフトウェア開発会社に、システムエンジニアとして入社しました。キーボードすら触ったこともないド素人なのに(笑)。
その会社の取引先は大手メーカーが中心で、自社製品を開発・製造する際に必要となる制御系システムの開発を得意としていました。そんな畑違いの会社に、なんとシステムエンジニア兼採用担当者として入社したわけです。
当時は従業員数が10名も満たない会社でしたから、入社1年目でもお客様に一人で出向き、先方の技術者との打ち合わせするのが当たり前。入社早々のある日、新しく担当となったクライアント先に訪問すると、なぜか僕は、入社2年目のシステムエンジニアというふれこみになっていました(笑)。
まさに偽エンジニアですね(笑)。それでもSEの仕事はこなせたのですか。
とにかく勢いで仕事は引き受けました。でも何をどうやってプログラムすればいいのか、さっぱり分からない。それでも納期はどんどん迫ってくる。あの強烈なプレッシャーといったらなかったですよ(笑)。
その後、結局納期に間に合わず、クライアントから散々に怒られたわけですが、先方もエンドユーザーに対して納期があります。危機感を覚えた先方の担当者の方と、その日から1週間くらい徹夜しながらプログラムを作り直し、何とか完成させることが出来ました。素人の僕によく付き合って下さったと思います。今となってはいい思い出です。
そんなアマチュアエンジニアでしたが、2年目ぐらいからは、どんなシステムでもドンと来いという心境になりました。システム構築の要諦は、「お客さんが何を求めているかをキチンと理解し、それを解決するためには、どのようなプロセスが必要かを考えることにある」と、仕事を通じて体得したんだと思います。入り口と出口にそれぞれ条件があり、それを線でつなぐにはどんなプロセスが必要か、この考え方がすべての基礎になっていました。
おそらくエンジニアの経験がなければ、パフの基本コンセプトとなる「インターネットを使った就職情報システム」という発想は湧かなかったでしょうね。もともと物事を論理的に考えるタイプの人間ではなかったけれど、どこかロジカルに考える癖がついたのも、この時の経験があったからと思っています。但し、社員からは、「社長はロジカルでない」といつも指摘されますが(笑)。
システムエンジニアとしての経験を経て、再び人材ビジネスの世界に戻られたのは、いつ頃ですか。
その後、大手コンピューターメーカーのディーラーへの転職を挟み、人材関連のサービス会社に転職しました。1990年、29歳の時です。一端は離れた人材業界でしたが、やはりずっと気になっていたんですね。
7年ぶりに人事に携わることとなりました。
入社後は、人事情報システム、基礎能力検査などの企画開発を手掛けましたが、95年頃になると、インターネットが爆発的に世の中に普及する萌芽が見え始めました。ちょうどWindows95の正式リリースを控え、パソコンの個人への普及が始まった頃です。そしてこのインターネットを使った新しいビジネスを、社内で立ち上げようということになりました。
そこで、それまでのキャリアを生かした、求人情報システムを企画・提案。インターネットメディアの特徴である双方向性を活かし、「求人企業と学生の両者が情報発信者となれる」。そんなお互いがイーブンな関係を持てるサービスをイメージしていました。
収益面にあまりこだわらず、割と放任主義的な会社だったこともあり、そのまま提案は受け入れられ、学生の視点に立った求人システムの製作を開始することになりました。 そして、95年の12月には、「インターネットの求人メディア」が完成。時代の流れも手伝ってサービスは時流に乗り、次第に業績も伸びていきました。ただ、儲かり始めると、どうしても利益を追うことに意識が傾き始めてしまう。そうなると、学生の視点を大事にしていたはずが、だんだんと企業志向になる。当初僕が考えていた方向と違ってきてしまったんですね。
「それなら自分で仕事を始めればいい」ということで、一念発起して創った会社がパフだったわけです。97年12月のことでした。
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