MG-NET+って?
お問い合わせ
まだまだあります情報コンテンツ!!
-----------------------------
【語る】経営者インタビュー
【繋ぐ】経営者を繋ぐ
【集う】イベント・セミナー
-----------------------------
【経営者のオススメ「おみせ」編】
【経営者のオススメ「おみやげ」編】
【経営者のオススメ「ほん」編】
-----------------------------
【健康ch】一覧
・本間健のヘルシー講座
-----------------------------
【BeansCompanyTopics】
【名言探訪】
-----------------------------
株式会社
アローリゾートコーポレーション
代表取締役社長 當山 昭氏
インタビュー 前編 Page
1
/
2
後編 Page
1
/
2
経営者略歴
Company Data
鬼才異彩バックナンバー
株式会社アローリゾートコーポレーション
所 在 地:東京都渋谷区恵比寿南1-4-2
TEL:03-5722-7141
事業内容:リゾート開発・分譲事業、建築・設計、
不動産売買、賃貸、管理、都市開発、
店舗開発事業他
U R L:
http://www.arrow-resort.jp
今回の鬼才異彩は株式会社アローリゾートコーポレーション 代表取締役社長 當山昭氏のインタビューをお届けいたします。「自然と人との調和が生み出す真のリゾートライフ」「都市空間を生かす不動産運営と都市開発企画」を手掛ける当社。前編では軽井沢での事業を中心に當山社長の考え方などについてお話を伺いました。
はじめに、事業概要についてお伺いしたいのですが、御社はリゾート開発を得意とした不動産デベロッパー
(開発業者)であるとの理解でよろしいでしょうか。
概ねは合っています。リゾート開発・分譲事業をコア事業としています。グループ全体としては、建築設計から不動産売買・賃貸・管理、さらには店舗開発、リゾート開発から都市開発まで展開しています。
ただ、会社を挙げて取り組んでいるリゾート開発事業についても、単なる開発ではありません。軽井沢や沖縄などの世界に誇れる国内リゾート地を『真のリゾート地』として、豊かな自然環境を活かしながら、お客さまに最高の価値を提供する『リゾート創造企業』が弊社の目指すところです。
例えば、軽井沢に関して言うと、別荘地の開発や分譲、管理だけではなく、別荘を購入した方々が滞在時に快適に過ごせる、ホテル並みの様々なコンシェルジュサービスも提供しています。具体的に言うと、チェックイン&アウト、ベッドメイク、ランドリーサービスからレストラン予約など、軽井沢滞在中はもちろんのこと、到着したときからお帰りになる時まで、お客様のあらゆる要望に応えられる体制を整えています。また、『アロー倶楽部』という会員制の倶楽部を立ち上げ、軽井沢でのイベント開催を通じて、お客さま同士の交流を深めていただく場も設けています。
ここまでのお話をお聞きしていますと、御社の事業は一言で語りきれませんね。
そもそも型にはまった事業展開を考えていたわけじゃないですからね。いかにして目の前にある土地に付加価値をつけるか、自分の惚れ込んだ土地を「より豊かにしたい」という思いが次の行動に繋がったと言えます。そして不動産をご購入頂いたお客さまに、いかに快適な別荘生活を過ごしていただけるか、より多くのお客さまに満足を提供するにはどんなことが必要かと突き詰めたら、一つ一つの事業やサービスになっていったわけです。本来は会社として、きちんとした事業プランが必要だったんでしょうけどね。(笑)。
ところで軽井沢は別荘地文化の発祥地として有名ですよね。その軽井沢に注目された理由を教えてください。
今から12年ほど前になります。まだ前職時代のことですが、その時も実は不動産業界に身を置いていまして、たまたま仕事中に軽井沢を車で通ることがありました。窓の外に広がる豊かな自然、手入れの行き届いた素敵な別荘が建ち並ぶなかに、廃墟同然の別荘が点在していることに気づきました。草が生え放題の庭に、壊れかけた建物。その隣には立派な別荘が建ち並ぶといったアンバランスな風景。そこにはもう、世界に名だたる避暑地「軽井沢」の面影はなく、私が本を読んで憧れてた軽井沢の姿はありませんでした。 というわけで、「偶然目にした光景に衝撃を受けた」というのが、私が軽井沢でビジネスを始めたきっかけです。
皆様ご存知かも知れませんが、軽井沢のスタートは1886年、英国人宣教師のA・C・ショー氏により「避暑地として最適な場所である」と国内外に広く紹介されたことから、その名が知られるようになりました。美しい自然と気候を気に入った氏は2年後に、自らの別荘を軽井沢に建てます。別荘地としての軽井沢は、このとき生まれたと言えます。 日本国内には温泉地(リゾート)としての熱海や箱根もありましたが、軽井沢は完全なる避暑地。そのうえ、軽井沢の気圧は胎内の気圧と同じとも言われ、病気も治りやすいということで保養地としても親しまれました。
その後、第一次大戦後の好況の影響もあり、日本の財界人や政治家、文豪たちが盛んに訪れ別荘を建て、異国情緒が溢れる華やかな別荘地として、国内でも一目置かれるようになっていきました。誰にとっても、軽井沢は特別な存在だったはずでした。
ところが、バブル期を迎えると別荘の購入者数が急激に増えた。悪い言い方をすれば、お金さえあれば誰でも別荘を購入できる時代になったわけです。別荘ライフに憧れる人たちが軽井沢にどっと押し寄せた。そしてバブルが崩壊。せっかく購入した別荘を諦めざるを得ない人たちが増加して、次の買い手も見つからぬまま家屋を放置。そして、私が偶然目にしたアンバランスな光景にならざるを得なかったわけです。
そうでしたか、時代の流れとともに軽井沢の様子も変わってしまったと。 そして、その古き良き軽井沢を再生させるために、まず何から始められたのですか?
まずは廃墟と化した土地を買い取り、回復工事から庭の草取りなどを自分達でやりました。周りもきれいにして、一つひとつの小さな分譲地づくりから、街づくりをスタートさせたわけです。まさに一歩一歩の地道な歩みです。
でも資本力が無いので、バックアップして頂けるパートナーに土地を買ってもらい、弊社で付加価値を上げ、地元の不動産会社に仲介してもらいました。売れたら手数料をいただくというビジネスです。当時は社員も4人で、労力も限られていましたから、出来ることから始めるしかなかったんですね。 ただ、とにかく軽井沢を古き良き時代の軽井沢にしたいという思いだけが強かった。とは言っても、私の知る輝かしい時代の軽井沢は、過去の文献の中でしか知らなかったのですが(笑)。
そうこうしているうちに、他社も同様の商売を始めたため、自社の物件を地元の不動産会社で取り扱って貰えなくなってしまいました。仕方がないので、自分たちで販売するしかない。その試行錯誤の中で、何とか事業の基盤が出来上がってきました。でもこうやって取扱件数が増え、不動産分譲事業が拡大するだけでは、真のリゾートは再現出来ません。
私達の目指すGOALは『すべてのお客様に満足していただくこと、そして真の豊かさを感じていただくこと』ですから、別荘だけをお客さまに提供するわけには行きません。別荘ライフの経験のない方に、別荘地での過ごし方をご提案する必要がある。そうしなければ、真のリゾート地にはなり得ないどころか、普通の住宅地と変わりない。そこで、コンシェルジュサービスや『アロー倶楽部』を通じて、軽井沢で快適に過ごす方法をご提案させていただいているのです。
NEXT PAGE
このページの先頭へ