株式会社マングローブ
 
語る
株式会社インタラクティブ・
コミュニケーション・デザイン
代表取締役社長 曽我英治氏


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  経営者略歴
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  鬼才異彩バックナンバー

 経営者に学ぶ

 (1)『相手の立場で物事を考えてみる』

 (2)『可能な限り権限を委任する』

 (3)『可視化する』

 (4)『目標値は2倍』



 
鬼才異彩

株式会社
インタラクティブ・コミュニケーション・デザイン
所 在 地:東京都港区赤坂1丁目12番32号 アーク森ビル17階
      TEL:03-5573-8230
事業内容:モバイルネットワーク事業
       ITソリューション事業
      ネットビジネスサービス事業
U R L:http://www.icd.co.jp/
 
今回の鬼才異彩は、株式会社インタラクティブ・コミュニケーション・デザイン 代表取締役社長 曽我英治氏のインタビューをお届けいたします。企業の課題を確かなIT技術によってワンストップで解決する同社の成長スピードには目を見張るものがあります。前編では、会社設立の経緯と社員とのコミュニケーション術についてお話いただきました。


はじめに、曽我社長とIT業界との出会いからお話いただけますか?

IT業界に初めて足を踏み入れたのは約20年前です。私はまだ20歳で、当時日本はバブル真っ盛り、『IT』ではなく『コンピュータ業界』と呼ばれていた時代でした。私自身はキーボードすら満足に操作できないほどのド素人。しかし、アメリカの動向をみても、今後必ず成長できる業界だと確信していました。

勢いよく伸びる業界で自分自身も共に成長したいという思いから、断られるのを覚悟で、あるシステム開発系ベンチャー企業を訪ねました。好景気で、世の企業はどこも人手不足 という状況。未経験者の私でさえ、すんなり採用されたわけです。

そうでしたか。知識も技術の習得もすべて入社してからということですね。

ええ、もちろんそうです。何しろ全くの未経験者ですから、まずはプログラマーとして仕様書に沿ってプログラムを書くことから教わりました。ある程度自分でプログラムが2、3本かけるようになると、次は新規開拓営業からお客様への提案、それからシステム設計や構築、運用業務、さらには収支管理など経理的な業務まで行いました。というのも、その会社はチーム毎に独立採算制を敷いていて、すべてチーム内で完結する方針でした。しかも、小規模なチームですから、一プログラマーや一エンジニアで終われるはずはなく、何でもやらなければならない環境。今振り返っても、特定の業務に留まらない経験ができたことは私の宝となっています。もし毎日パソコンと睨めっこする日々を送っていたら、お客様の立場や売上げということを意識することもなかったでしょうから。

実は、弊社の神農副社長と一緒に働くようになったのも、ちょうどこの頃からです。私が高校の同級生だった神農に声をかけ、半ば無理やりこの世界に引っ張り込みました。

技術以外のことも多く学ばせていただいた会社ではありましたが、会社の方向性について幹部と現場の意見が合わなくなり、組織機能が低下、結局解散を余儀なくされました。

その後どうされたのですか?

運が良くIT系企業に転職することができました、もちろん神農も一緒です(笑)。同じIT系とは言っても、次の会社はゲームソフト開発やイベント制作などを手掛けていました。

入社直後から私はゲームソフトの開発に携わるようになりました。開発と言っても、私が手を動かすのではなく、プロジェクト全体の進行管理を任せられました。ご存知かもしれませんが、ひとつのゲームソフトを完成させためには様々な職種の人が関わります。例えば、ゲームのストーリーを考える人、ゲーム内の音声や効果音を製作する人、ストーリーのイメージに沿って登場人物や背景デザインを考える人、プレイできるよう作動プログラムを組む人、ゲームパッケージを企画制作する人、商品宣伝をする人など、ありとあらゆる分野のプロフェッショナルが集結します。

ここで私はある壁にぶつかることになります。というのも、それぞれが専門性の高い仕事をするのですが、お互いに畑違いの業務なので共通言語がないんです。各メンバーを交えて話をしたくても、共有できるワードが少なすぎて説得力がないことを痛感させられました。職種の全く異なる各メンバーの話をきちんと理解し、プロジェクト全体を進めるのにはかなり苦労しました。商品の納品日も決定していますから、大幅に遅れるわけにはいきませんしね。



そのような状況下で、どのような施策を打たれたのですか?

当たり前のことかもしれませんが、一人ひとりと話をする機会を増やしました。自分の考えはどうすれば伝わるか、相手の言わんとすることは何なのかを理解するには、コミュニケーション量を増やすしかないと思っていました。

会話を増やすなかでも心掛けたことは、まずは相手の立場で物事を考えてみること。自分軸で物を見ると、相手の主張が理解できなくなるからです。相手の立場が理解できるようになると、難しい言葉の裏に隠された本来の思いが浮き彫りになる。そうすると、プロジェクトを管理する立場として、相手の主張が受容できるものかどうかが明確になってきます。その上で私自身の意見を述べる。そうやって視点を変えて話ができるようになると、お互い意思疎通が図れるようになり、スムーズにプロジェクトが進み始めました。

ところが、段々経営が逼迫していったんですね。私はここでの仕事が好きでしたし、何よりも働くチャンスを与えてくれた感謝の気持ちもあり、神農と一緒になって状況改善の提案を何度も試みました。しかし聞き入れてはもらえず、結局私たちは会社を後にしました。
 
 
 
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