株式会社マングローブ
 
語る
株式会社日本アルマック
代表取締役
浦嶋繁樹氏


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  経営者略歴
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  鬼才異彩バックナンバー

 経営者に学ぶ

 (1)『リスクはチャンスと捉える』

 (2)『時代の先読みをする』

 (3)『"オンリーワン"="誰もやっていな
   いこと"を手掛ける』

 (4)『目標を持つ、そして自らを高めたい
   という意欲が一流をつくる』





鬼才異彩

株式会社日本アルマック
所 在 地:東京都千代田区麹町4-5 桜井ビル4階
事業内容:コンサルティング事業、教育事業、
       アルマックアライアンス事業、保険事業
U R L:http://www.almac.co.jp
 
今回の鬼才異彩は、株式会社日本アルマック 代表取締役 浦嶋繁樹氏のインタビューをお届けいたします。同社は、日本におけるリスクマネジメントの教育とコンサルティングにおけるパイオニアとも言える存在。企業の社会的責任(CSR)が求められるようになった今、前提として企業の規模に関わらず安定的な利益を得ることが重要視されています。その現れとして2006年5月1日施行の新会社ではリスクマネジメント(リスク管理経営)が義務付けられました。そこで、リスクマネジメント専門家である浦嶋社長に、手掛ける事業やリスクマネジメントの考え方についてお話いただきました。


前回お会いした際、浦嶋社長は「3つの日本一があります」と言っておられましたね。
まずはそのあたりのお話から伺いたいのですが。

そうでしたね、よく覚えていらっしゃいますね(笑)。弊社の事業の3本柱、リスクマネジメントのプロフェッショナル育成、リスク管理会計を活用したコンサルティング事業、そして財務リスクマネジメントのネットワーク構築、この3領域での日本一をさらに拡大して突き進んでいきたいといったことをお話しました。

私が目指す"日本一"というのは、"日本で唯一"(オンリーワン)という意味合いも込めています。というのも、一昔前までは業界シェア3、4位でも企業として充分に存続が可能でした。ところが時代が変わり、過去のように大量に物を製造していれば成功する時代ではなく、提供する物やサービスにオリジナリティがあり、確実にその分野で首位を獲得できるものでないと、企業として存続するのが難しい時代です。だからこそ、"日本一"="オンリーワン"を目標にして取り組み、日本アルマックの存在価値を高めていきたいと思っています。

昨年施行された新会社法や日本版SOX法、それから電機・IT業界の部品調達先の世界基準のスタートなどの法改正の流れからも分かるように、企業規模に関わらず法令を遵守して経営をしていかなければ生き残れない時代に突入しています。リスクマネジメントの課題への対応に遅れをとる企業は恐らく姿を消すことになっていくのではないでしょうか。特にファイナンシャルにおけるリスクマネジメント課題に取り組む企業をお手伝いさせていただくのが私たちのミッションです。

なるほど。確かに、ここ数年日本における大企業やITベンチャーの不祥事などがマスコミを賑わせ、「リスクマネジメント」という言葉が頻繁に登場していますね。次々に法律も改正されていきますから、弊社としても今後きちんと取り組まなければと身の引き締まる思いです。
ところで、浦嶋社長はいつ頃から企業のリスクマネジメントに関わるようになられたのですか?

私は長年保険会社に勤務していまして、その後独立し、保険代理店を設立しました。保険とは企業や個人がリスクから身を守るための手段のひとつですから、言ってみれば社会人としてスタートした時からリスクマネジメントに関係した仕事はしていましたね。ただ、その当時は『リスクマネジメント』とは言われていませんでしたけれど(笑)。
『リスクマネジメント(リスク管理)』と『危機管理』とはよく混同されがちですが、少しばかり違います。『危機』は今目の前に発生している事態を指し、『リスク』とはまだ発生していない危険のことを指します。『危機管理』というのは、既に起きた事故や事件から受ける損失を減らすための対応であり、『リスクマネジメント』は将来起こるかも知れない危険を想定し、万一起こってしまった場合の損失を最小限に抑えるための事前準備のこと。リスクは常に未来に存在しているものであり、リスクの要因になるものは必ず過去に存在する。リスク要因になるものを把握し、きちんと管理さえしていれば大きな危機にはつながらないわけです。

ただし、保険という仕組みでは全てのリスクをカバーすることは不可能です。というのは、保険というものの特徴として企業や個人に起こった事故や事件に対し経済的な損失を補てんするものであり、あくまでも損失が発生した際に活用するものでしかないからです。損失自体を減らすためのものではないのです。

ここ数年日本社会は大きく姿を変えようとしています。この背景には経済の国際化と自己責任社会への転換があるだろうと思っています。外国人投資家の増加によって、会計や金融、法律などのグローバルスタンダード化が進み、常に説明責任が問われるようになったこと。そして深刻な財政難に陥っている日本では、今までのように国が企業の危機を積極的に救う時代ではなくなっているということ。その時代の変化に気づき、企業が一刻も早く対応していかなければ明日はないという危機的な状況なのです。

今となっては何とでも言えると思われるかもしれませんが(笑)、私はこんな時代を日本が迎えることになるだろうということは予想していました。

といいますと?

私が個人で保険代理店をスタートした頃、大和証券の仕事をさせて頂いたことやファイナンシャルプランニングの勉強をしていたこともあって、株価の動きに強い関心を持ちはじめていました。確か、1988年頃のことでしょうか。頻繁に出入りしていた大和証券の壁一面に過去100年分の株価チャートが貼られていまして、時間を見つけてはそのチャートを眺めていました。

1929年の世界恐慌、そしてアメリカにおける株価大暴落。欄外にはその時期に起きた事象が明記されていて、1931年には「エンパイアステートビル完成」と書かれていました。当時世界最高峰を誇るビル建設は世界恐慌が起きる前に計画されたものの、株価の大暴落、異例のスピードで竣工となったもののテナントが入らなかったといいます。そして1982年、アメリカでは産業構造に大きな変化がありました。そして1986年からビックバンが動き始め、1987年のブラックマンデー。ニューヨーク株式市場の暴落を発端に世界的株価の大暴落。

この株価チャートを眺めながら、じっと日本の状況を考えていました。時はバブル期真っ只中。横浜ランドマークタワー建設に代表されるように、建設業界では「1メートルでも高く」と高さを競うように高層ビル建設に躍起になっていた時代でした。この状況がかつてのアメリカ、エンパイアステートビル建設と重なるような気がしたのです。株の大暴落、土地価格の下落など、米国と同様の現象が日本にも襲ってくるんじゃないかと。日本経済がいつか破綻するのではないか・・・と不安を覚えました。そして破綻をきっかけに、日本社会が大きく変わるんじゃないかとも考えていました。どのように変わるかまでは分からないけれど、全く違う構造になっていくんじゃないかと思い、その前にしっかり勉強しなければとアメリカに頻繁に勉強に行くようになりました。

 
 
 
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