株式会社マングローブ
 
語る
株式会社エバービジョン
代表取締役社長 立花 貴氏


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  経営者略歴
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  鬼才異彩バックナンバー

 経営者に学ぶ

 (1)『熱く強い思いがあれば、どんな
    ことでも実現できると信じる』

 (2)『自分たちの独りよがりではなく、
    お客様の声に耳を傾けながら
    サービスを充実させていく』

 (3)『お客様である飲食店のために
    なること、感激していただけること、
    必要とされ喜ばれることだけを
    一生懸命に考える 』

 (4)『サービスを利用されている
    お客様、一緒に働いている仲間、
    陰で支えてくれている方々への
    感謝の気持ちを表す』

 (5)『静けさのなかで自分と向き合う
    時間を大切にする』

 (6)『毎日の朝会で自分の言葉で
    想いを伝える』

 (7)『あえて数値目標を持たない』

 (8)『 “プチ感動”エピソードで社員の
    状況を理解する』

 (9)『成長を願えばこそ、あえて
    苦言を呈することも必要である』
















 
鬼才異彩

株式会社エバービジョン
所 在 地:〒158-0096 東京都世田谷区玉川台2-22-20
       Iida Annex Z4F-2
       03-5491-7440
事業内容:「食堂楽」インターネットとカタログを使い、
   個人飲食店向けメニュー提案型業務用食材商品販売
   個人飲食店向けサービスコンテンツ提供
 上記のためのプラットフォーム(情報インフラと決済インフラ)
 およびサービスコンテンツの提供
U R L:http://www.shokudoraku.com/
 
今回の鬼才異彩は、株式会社エバービジョン 代表取締役社長 立花貴氏のインタビューをお届けいたします。同社は、個人飲食店向けの業務用食材・包材・道具などをインターネットやカタログで販売するサービス『食堂楽』を展開しています。画期的な物流システムの構築により、流通の効率化を図り、ロットの少ない小規模の飲食店に適した小分け配送サービスを可能にしました。365日いつでも発注でき、少量でも手軽な価格で旬の食材を購入できるのが特徴で、個人飲食店にとっては頼りになる擬似的チェーン本部、正に救世主とも言えるのではないかと思います。 前編では、会社設立秘話と事業について詳しくお話いただきました。


まずは、創業にいたるまでのお話をお聞かせいただけますか?

大学卒業後は伊藤忠商事に入社しまして、在籍期間約6年のうち3年間は株式会社ファミリーマートへ出向、事業開発等を担当させていただきました。ファミリーマートでの事業開発経験があったからこそ、コンビニエンスストア運営の仕組みを応用した個人飲食店のバックオフィス、『食堂楽』の発想が生まれたのです。

起業を意識したのはいつ頃からなのですか?

就職活動をする前から入社後5年で起業するんだという思いはありました。というのも、実家が惣菜屋を営んでいたものの、母一人で子供3人を食べさせるという生活で、正直言ってとても貧しい暮らしでした。だからこそ、早く自活して母を楽にさせたいという気持ちが強かったんだと思います。問題は"いつ"実行に移すかということ。常に日付を意識していまして、大学卒業時には「35ヵ年計画」というものを立てました。入社前面接や新入社員研修の時から5年で退社することを公言していましたら、それでも採ってくださる伊藤忠商事という会社は本当に懐が深く、今でも、そして生涯感謝しつづけます。



「35ヵ年計画」というのは、なかなかユニークでインパクトがありますね。 具体的にはどのような内容だったのでしょうか?

簡単に説明すると、35年間を第1フェーズと第2フェーズに分けました。第1フェーズは社会に出てからの10年間で、第2フェーズがその後の25年間です。そして第1フェーズの10年間をさらに分けて考え、はじめの5年間は企業で働きビジネスの基本や本質などを徹底的に学ぶ期間にする。そして、残りの5年間のうちに起業し上場、自分が死んでも社会に存続する確率の高い企業へと成長させるという計画でした。

一度決めたことを死守するのは当然だと思っていましたから、伊藤忠に入社したその日からノートに「入社から何日、退社まであと何日」書き込んでいました(笑)。普通はそこまではやらないですよね(笑)。とにかく熱く強い思いがあればどんなことでも実現できると信じるタイプでした。お世話になった伊藤忠では上司にも仲間にも恵まれ、仕事をする上で何を大切にすべきかを教えていただいたことに今でも心から感謝しています。

そして計画の5年が過ぎ、35ヵ年計画の第1フェーズ後半部を実行に移すべく、担当プロジェクトの終了とともに辞表を提出したのです。

その時点で既に現在の事業をイメージされていらっしゃったのですか?

いいえ、全く考えていませんでした。やめる日だけが決まっていたという感じです。何をするかということよりも、35ヵ年計画の日付だけを意識していましたから(笑)。2000年1月初めに渋谷のハローワークへ行き、以前から飲食店を経営している知人から「店舗を増やそうと思っているんだけど、ちょっと手伝ってくれないか」と声をかけてもらっていたので、まずはそれを手伝ったのです。ファミリーマートでチェーン展開の経験がありましたから、少しは役に立てるかもれしないと喜んで手伝わせていただきました。

おかげさまで思った以上に早く店舗数を増やしていくことができました。店舗数を拡大するなかで共有化できるものは共有化し、いかにコストを抑えるかということが問題になってきます。食材等の仕入れを共有化すればコスト削減につながることを理解していましたから、早速古巣の伊藤忠を訪ね、物流システムの協力を依頼したわけです。ところが、アッサリと断られまして。よく考えれば、それは当たり前のことですよね。仕入額が100億円、200億円規模であれば商社が物流システムを構築するメリットもあるけれど、たかだか国内に数店舗しかないようなところを相手にするわけがない。

今振り返ってみると、この時に断られたことが逆に良かったと、思っております。断られたことで、現在のビジネスの発想がパッと浮かんできたわけですから。
 

 
 
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