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株式会社谷沢新生物産
代表取締役
村上健一氏
インタビュー 前編 Page
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後編 Page
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経営者略歴
Company Data
鬼才異彩バックナンバー
経営者に学ぶ
(1)『顔が見えないからこそ、話し方や
声の質、トーンを意識して話す』
(2)『お客様をしっかり理解した上で
様々な食材を勧める』
(3)『“本物”にこだわる』
(4)『食材の味や活かし方を知っている
からこそ、お客様にお勧めできる』
(5)『生産者の自立と消費者の自立に
繋がるビジネスを確立する』
(6)『生産者の思いを知ってはじめて、
農業に対する思いが深まっていく』
(7)『社員が互いに化学反応を起こす
ことで、会社を成長させていきたい』
株式会社谷沢新生物産
所 在 地: 東京都文京区本駒込5-72-14
事業内容:無農薬有機野菜・果物、無添加自然食品の宅配
U R L:
http://www.tanizawa-takuhai.co.jp/
先週に引き続き、株式会社谷沢新生物産 代表取締役社長 村上健一氏のインタビューをお届けいたします。
後編では、創業秘話と今後に向けてのお話を伺いました。
1979年設立ということですから、もうすぐ30年になりますね。創業当時のお話を聞かせていただけますか?
大学では応用物理学を専攻していまして、卒業後は測定器メーカーに就職しました。1970年代の半ばと言えば労働闘争が激しい時代、私が就職した会社も例外ではなく、労働組合活動が活発でした。でも、私はそういった活動には関心がなく、周囲から見ればアウトロー的な存在だったと思います。仕事よりも組合活動に一生懸命になっている周囲の環境に段々と嫌気が差し、自分の先行きを考えるようになりました。そんなときに、親しい人から「出版社を立ち上げるから一緒にやらないか」と声をかけていただいたのです。
ということは、谷沢新生物産はもともと出版社だったのですか?
そうです、これは本当の話ですよ。原稿を執筆したけれど発表の場がない人たちのための出版社をつくりたいという想いを持ってはじめました。そして、ある方の回想録を出版したところ大手新聞に1面の書評が掲載され、そのおかげでソコソコの売り上げを得ることができました。
ところが、喜んでいたのも束の間、世の中が雑誌の時代へと移り変わり、単行本の売れ行きが非常に悪くなってしまったのです。出版社として何とかしなければと、様々な著者の主張を取り上げて紹介するような雑誌を刊行していくことにしました。そんななか、ある著者から愛知県で無農薬野菜の栽培をしている方を紹介され、是非東京でも販売してほしいと頼まれたのです。断る理由もなく、出版業の傍ら無農薬野菜の販売を始めました。野菜販売業が予想以上に順調にいき、事業としてきちんとやろうということで会社組織になったわけです。
実に面白い流れで無農薬野菜の販売に行き着きましたね。
流れるままに無農薬野菜の販売事業を行うことになりましたが、そこにはひとつの強い想いがありました。それは生産者の自立と消費者の自立に繋がる事業を目指すことです。その頃は"生産者=農村"と"消費者=都市"と捉えていまして、どちらかが一方に頼るのではなく、それぞれが自立した立場であるべきと考え、両者を結びつけるビジネスに発展させることを私たちのミッションしようと思っていました。当時は"援農"(えんのう)という言葉があり、繁忙期の農村を助けるために都市部で草取りツアーや収穫ツアーなどを組み農業をサポートしようという運動が流行っていたわけですが、私たちは援農せずとも日本の農業が衰退しないビジネスを作り上げたい、つまり農家に対して対価が支払われるような仕組みを生み出したいという想いで会社をスタートさせました。
村上社長はその頃から社長業をされていたのですか?
いいえ、当時の私は出版社の仕事が中心で、野菜の仕入れ担当者が社長でした。肩書き云々でもめるほど人数もいませんでしたし、社員全員が20代半ばと若かったですから、それぞれが自分にできることをするだけでした。
当時はどのように販売していましたか?
仕入れた野菜や果物を自転車、あるいはオートバイで配達、販売をしていました。地域の方々や書籍を購入して下さっていた方々をお得意先として順番に回り、食材を販売するのです。そのお得意様から親戚の方や近所の方を紹介していただきながら、徐々に顧客を拡大させていくことに成功しました。
しかし自転車やオートバイで配達できる量にも限界があり、一回の運搬量を増やそうと社員全員が車の免許を取得。ところが、お客様宅を順番に回っているうちに途中で食材が売り切れてしまって、最後の方には商品がほとんどないというケースが続出しました。そのため、注文は事前に受けるという仕組みに変えていきました。これが現システムの基本になっています。
おかげさまで顧客数が順調に伸びていきましたが、それと同時に配達量も増え積荷作業にかなりの時間を要するようになってしまいました。早朝から積み始めて終了するのが昼前、お客様に配達し終えて事務所に戻ると既に夜11時を回り、それから手書きの伝票処理や集計など済ませる。それらを終えて帰宅すると明け方近くになっている。そんな毎日を繰り返していると、当然仕事中に意識朦朧となり、なかには運転中に軽い事故を起こす人も・・・という状況に陥ってしまいました。
少しでも社員の負担を減らそうと、食材配送は特定の業者に依頼し、事務作業の効率化を図るためにコンピューターを社内に導入したことで、営業担当者は顧客開拓により一層の力を入れるようになりました。それが創業からちょうど10年くらい経った頃ですね。
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