株式会社マングローブ
 
語る
株式会社イマジナ
代表取締役
奥山由実子氏


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株式会社イマジナ 奥山由実子
 
それは奥山社長をニューヨークに送り出してくれた研修会社を辞めて・・・ということだったのですか?

ええ、まだニューヨークに赴任して半年しか経っていなかったのですが(笑)。今でも感謝しているのは、そんな我がままともいうべき行動に対して社長は「やりたいことがあるならやらなあかんよね、人生は。今までよく頑張ってくれたな。まぁ、これからも頑張りや」と私の背中をポンと押してくれたのです。社長のそんな後押しもあって「さあ、起業するぞ」と勢いがついてきたのですが、ここからが苦労の始まりなのです(笑)。

まずはどのようなことから始めたのですか?

元同僚のアメリカ人2人と私で会社を設立したのですが、3人とも起業初体験でしたから、すべてが手探りの状態でした。

アパートの1室を3名で借りて事務所兼住居としまして、各自が3500ドルずつを出し合い、まずはコンピューター1台とプリンター1台を購入し、名刺と会社案内を作成しました。そして役割分担を明確にし、私は営業担当に決まりました。とにもかくにもクライアントがいないことには仕事になりませんから、「まずは顧客を獲得する」ことが私の最大の任務となりました。

アメリカにも四季報のようなものがあり、アルファベット順に掲載されている企業に頭から順に電話をかけることから始めました。そこで思い知らされたのが、社名を名乗っても知っている人は誰一人いないこと、いかに今までは会社の肩書きに頼って仕事ができていたのかということ。それでも諦めることはできませんから、毎日呂律が回らなくなるまで電話がけをしました。何とか日本企業とアポイントが取れると、手作りの会社案内と名刺を持ってコツコツ、コツコツと企業を回る日々が始まりました。初年度は確か400社ぐらい訪問したと記憶しています。

400社ですか、それは相当の数ですよね。当初から人事コンサルティング業務を売りにしていらしたのですか?

いいえ。日本企業にとってはまだ“コンサルティング”と言ってもピンとこない時代でしたし、どんなにコンサルティングをやりたいと思っても、私たちには何の経験も実績もありませんでしたからね。ですから、まずは『クロスカルチャー・トレーニング』という研修プログラムを開発し、それを商品として営業していました。英語研修ならプロとしての経験と実績に自信を持っていましたから、英語でのスピーチ、ネゴシエーション、ディベーティング力を養うプログラムとアメリカで必要な人事スキルを学べるプログラムを組み合わせて提案していました。

でも、なかなか売れませんでしたね。仕事がないので超極貧生活を送るしかないのですが、空腹感だけは抑えることができませんから、安価なそばやパスタを大量に買い込み、ソースの味を毎日変えることで何とか飢えをしのいでいました。どんなに頑張っても、一向に生活が良くなる兆しもなく、スーツ1着を残して日本から持っていったブランド品の数々を質屋に入れ、家財道具を売って現金に変えたりしながら、生活費と維持費を何とか捻出していきました。

当時のことを明るくお話されていますが、置かれている状況から逃げ出したくなることもきっとあったのではないでしょうか。何をきっかけに状況が好転したのですか?

ある日本の商社にご提案させていただいたことが大きな転機になりました。すでに大手研修会社のプログラムを導入して9クラス分の研修を定期的に実施しているという話ではありましたが、私に圧倒されたのか担当者の方が「もし1クラスを600ドルでお願いできるのであれば、1クラス分だけ実施していただきたい。」と言って下さったのです。研修プログラム1クラス分の相場は2000〜5000ドルの時代でした。600ドルがいかに安価かということがお分かりになるでしょう?でも、その時の私たちにとっては、たとえ600ドルでも、仕事をいただけるだけでも有難いことなわけで、迷わずお受けすることに決めたのです。

私たちが担当する1クラスには6名の受講生がいましたから、まずはこの6名の方に「弊社の研修はとにかく素晴らしい!」と思っていただくことが最重要課題だと捉えていました。長い間仕事らしい仕事をできずにいた私の同僚2名もエネルギーが有り余っていましたから、研修当日の気合いといったらなかったですね(笑)。私たちの思いが通じたのか、翌年からは1クラスが5クラスに、その次の年はその倍にと予想以上に良い流れにと変わっていったのです。

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