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アルゴノート株式会社
代表取締役社長
桐原文彦氏
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後編 Page
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経営者略歴
Company Data
鬼才異彩バックナンバー
経営者に学ぶ
(1)『自分は、独立そのものではなく、
自分のやりたいことを自分の
思うようなスタイルでやりたい』
(2)『人がジャンプして来れる
トランポリンを用意する存在で
ありたい』
(3)『プロジェクトベースのワーク
スタイル』
アルゴノート株式会社
所 在 地:東京都渋谷区渋谷2-6-9 カケイビル青山4F
事業内容:・外部スペシャリスト人材を活用した
ソリューション提供および経営幹部人材の斡旋
・各分野における実務およびマネジメント業務の
受託、経営機能代行、人材の派遣
U R L:
http://www.specialist-net.jp/index.html
今回の鬼才異彩は、アルゴノート株式会社 代表取締役社長 桐原文彦氏のインタビューをお届けいたします。同社は、外部スペシャリスト人材を活用し、企業の課題解決のためのソリューションを提供するという、従来の人材ビジネスの枠を超えた事業を展開しています。スペシャリスト人材に対しては『自分の市場価値を向上させる場』の提供を約束し、クライアントである企業に対しては付加価値の高いソリューション提供し、ビジネスを成功に導いていく。前編では、桐原社長の起業に至るまでのお話を伺いました。
今日のインタビューはとても楽しみに参りました。特に桐原社長のご経歴はとてもユニークだとうかがっておりまして、起業までの経緯をお聞きすることから始めてまいりたいと思います。桐原社長は、初めから将来は社長になろうと思われていたのですか?
最初から起業の意識があったわけではないんです。働き方はともかく、「自分はいったい何がしたいのか」を懸命に考えていました。大学生の時に就職活動をしながら将来の自分の姿を自分なりに模索し続けていたのですが、なかなか見つけることができずにいました。最終的には「自分にないものを持っている人達がたくさんいるような会社で、まずはできるだけのことをしてみよう」と考えるようになっていました。就職したのは、世界シェア70%の商品群を持つ大手精密機械メーカーです。
優秀な技術系の方が多い会社でした。商品を勉強し、取り扱い、お客様に接すれば、典型的な文系人間の私も触発されるものも多いと期待しましたが、配属されたのは希望した営業部門ではなく人事部でした。そこで採用や資格昇格などの業務に関わりました。業務を通じて、多少なりとも組織のあり方や、人材というものについて学び、自分なりに考えることが多かったことが、実は今のビジネスの原体験となり大きく影響していると今では感じています。
あの頃の私には分かりませんでしたが、他の新入社員に比べると仕事の裁量もかなり大きく、人事部の仕事は非常に有意義だったと言えるのですが、当時は「数字で会社に貢献することがビジネスマンだ」と考え、ずっと営業への異動願いを出し続けていたんですよ。やっと念願叶って営業に異動が決まったのですが、「お前向きの一番キツイところにまわしてやろう」と"配慮"されて大阪の医療機器の営業部に配属となりました。業界シェア5%で、会社は大手ですがこの分野では弱小で、アポもまともに取れません。定価が何千万何億円するものを飛び込み営業する毎日です。その中で私は「どうせなら誰もあきらめてアプローチしない国公立病院をメインに攻めよう。」と決めました。
どうなんですか?右から左に売れるものでもないんでしょうから、相当苦労されたんじゃないですか。
はい、特に最初の半年は大変でした。研修もそこそこに職場配属となり、初日からお客様からは医療の専門用語による細かい質問攻め。それから病院に対する営業活動のしきたりのようなもの。分からないからといって、いちいちくじけていては仕事になりません。精神的にも、フットワークの面でも鍛えられました。おかげさまで、今でも飛込み営業はできますよ(苦笑)。
そうこうしているうちに、自分なりのやり方も見出せるようになり、国公立病院への商品導入も成功して自分なりの営業スタイルを作ることができました。
営業マンとして非常に順調な日々でしたが、会社組織の動きや方針に一喜一憂し翻弄される先輩達や、実力主義になりきれない大手企業の体質を営業現場の末端で感じて、「自分のようなタイプは、独立して自分の意思で何かやる方が向いているんじゃないか」という気持ちが大きくなっていました。
そのあたりから、経営者への志向が芽生え始めたわけですね。
そうですね。正に芽生え始めた、というところですが、「でも会社経営って何?」というレベルでしたし、今の若い起業家のようにすぐに独立する勇気もなく、「まずは経営のノウハウを学び、独りでもやっていける力をつけよう」と経営コンサルティング会社に転職しました。
4年半ほど在籍しました。多くの経営者から影響を受けた貴重な時代でしたね。一番最初に契約して頂いた大阪拠点の飲食関連会社の社長さんの印象は鮮烈でした。毎日朝から深夜早朝まで各店舗をまわり、幹部やスタッフ、お客様と直接対話をしながら即決で行動に移し、業績を上げ、業態変革も続けておられました。商売とは、経営とはこういうものかと、実感として学ぶことができました。役員同行で地方銀行の融資先の経営相談に出向いた時の一つ一つのシーンは今でも記憶に残っています。大きなコンサルティング契約を取り、今のアルゴノートの取り組みの形である「プロジェクト」というスタイルでの業務推進に出会ったのもその頃ですね。
自分に合っていたのだと思うのですが、どのプロジェクトも面白く、夢中で仕事をしていました。最初の大手企業の時の4倍くらいの密度で仕事をしたような感じがあります。
4年半ということですが、コンサルタントとして脂が乗り始め、これから、という時だと思うのですが、辞めようと思われたのはなぜですか。勉強にもなり、向いてもいたということからしますと、かなりもったいない決断に思えますよね。
感覚の変化ですね。生意気に聞こえるかもしれないのですが、夢中で、かなりがむしゃらに仕事をしていたこともあって、かなり給料も高くなり、既存の顧客を保持していけばもう比較的楽に稼げるようになっていました。自分なりの顧客構造を持っていたんですね。
でもある時に顧客管理表をみながら「これで来年度もこのくらいは稼げるな」とつぶやいた時に「あれっ?」と思ったんです。自分は楽に仕事をするためにここにいるのか?と。 そう思うと、急に不安になってきたんです。このままもう1年仕事を続けると独立する意思も無くなってしまうのではないかと。
ちょうど年齢的にも30歳を超え、結婚もして、人生について色々なことを考える時期に差し掛かっていたということもありますね。顧客の経営者や従業員の方々とのやり取りを通じて「よい生き方とは何ぞや?」なんてことを真剣に考えるようになっていました。コンサルティングを通じて、法人とか経営者のために仕事をすることが必ずしも自分の「よい生き方」ではないのではないか、ということを思い始めていました。
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