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語る

株式会社ディースパーク
代表取締役
晴山暢彦
経営者に学ぶ

(1)押し付けのコンサルタントではなく、お願いされるコンサルタント

(2)次世代のベンチャー企業の経営者を10人作り出したい

(3)重要なのは「主体性」・「柔軟性」・「スピード」

マングローブの事業概要5+1

鬼才異彩

晴山暢彦
株式会社ディースパーク
所 在 地: <本社>
〒542-0081 大阪市中央区南船場4-2-11
ベネトン心斎橋ビル7F
06-6245-6638
事業内容:
  • 人材派遣
  • 人材紹介事業
  • アウトソーシング事業
  • コンサルティング事業
  • 広告代理店事業
U  R  L: http://www.d-spark.com/

今回の鬼才異彩は、株式会社ディースパーク 代表取締役 晴山暢彦氏のインタビューをお届けいたします。同社は、2001年アパレル業界に特化した人材派遣業として創業。その後、飲食業界、コンビニエンス業界と新しい分野への進出を図り急成長を遂げられています。前編では、創業に至るまでのお話をお伺いしました。

晴山社長は、もともと人材業界に関係のあるお仕事だったんですか。

いいえ、全然関係ないんですよ。もともとは、田舎の高校を卒業して東京、厳密には神奈川なんですけど、そこに出てきまして、一部上場のアパレル小売業に就職して10年ほど働いたんですね。お陰様で、その当時業界が成長し続けていた時代で、若くても実力があればどんどん引き上げてくれるという会社でした。

アパレル業界ですか。どのようなご活躍ぶりだったのでしょうか。

早過ぎたくらいなんですが、19歳で副店長、20歳で店長。店長になったと思ったらエリアマネージャーになって、21歳にして数店舗のマネジメントをする立場になってしまい、次に25-6歳で西日本エリアマネージャー。周りは年上ばっかりの中に、小僧が一人混じっているという状態になりまして・・・(笑)。
その状態でどうしてやっていけたかというと、古い体質の行け行けゴーゴー的な精神論の中で、ロジカルな考え方をいれたりしたんですね。僕より20年も30年も長く生きている他の店長には、経験だけでは歯が立たないと最初から思っていましたから。それまでの店長さんは、過去を振り返ってばかりで、過去のデータや実績にばかりにこだわり、過去の売れない理由を言うのは得意なんですよ。
僕は未来の数値をどう読むか、未来の数値の組み立てに目を向け、未来を予測してどう手を打つか。そのうち、やったことないことだし、若いけどあいつの言うことを聞いていると売上が上がるぞとか、周囲がついて来てくれるようになりました。その後、30歳手前くらいの時、若い人をターゲットとした新規事業を立ち上げることになりました。当然同業大手他社も参入しているターゲット層だったのですが、その中で責任者として全国17程の店舗展開を行い成功した訳です。
当初から、30で辞めようと思っていたんですが、30歳手前で上場企業の役員手前まで行っちゃった。このまま役員ってちょっと早いなとか、つまらないなとか(笑)。で、自分で何かやっていこうと自然に起業へと想いが変わっていったんですね。

アパレル業界で築き上げられた実力と先見性についてお聞きしますと、人材派遣業は意外な気がします。なぜ人材派遣業で起業されることになったのでしょう?

まず大きな社会貢献を可能とする業態と考えました。世の中の役に立つビジネスですね。そもそも世の中に喜ばれる社会貢献ができなければ、事業としての成熟もありえないと思いましたから。
当時、右肩上がりだった業態が大きく3つありまして、ITとバイオ、それから人材サービスでした。この辺りが年間に120%くらいはマーケットシェアを伸ばしていた業界だったんですね。
その中で、初期設備投資も少なそうな人材サービスならできるかなと考えました。
次に、人材サービスなら何が出来るか考えた時に、前職でパートさんや社員向けの新しい商品や新しい売り方の教育研修や、販売力アップのレクチャーなどを行う営業の教育部門の責任者をやっていましたので、教育はできるなと。ではどうせやるなら、単純に左から右に人を持ってくるのではなく、きちんと教育した人を派遣するのがいいのではないか?それも、ずっとアパレルでやってきたんだから、自分が携わってきたアパレルに特化した派遣会社にしようと決めました。
当時、特化型の派遣会社は少なかったので面白いなと思ったんですが、周囲の人には大丈夫なの?とか、あまり理解されなかったですね(笑)。

若い頃、年上の店長の上に立って彼らの経験則に反し、新しいことを取り入れ変えようとされた訳ですが、周囲の反発などはどう対応されました?

例えば、チラシを配布するとしますよね。僕が年上の店長に聞くんですよ。「今週どれくらい配布します?」って。すると「5万部かな」と答えが返ってくる。僕が「半分でいいんじゃないですか」というと、「チラシを半分にしたら、売上が半分になる」って言われるんですね。
でも、実際来店されたお客様を分析すると、決まったエリアからしか来られていなくて、その周辺エリアのチラシは捨てているだけで無駄になっているんですね。ですから、チラシを半分にしても売上は半分にはならない。
それでも躊躇される店長に、「今週は店長の言う通り、来週は僕のやり方で行きましょうよ」って言うんです。結果は、もちろん、チラシ半分でも売上は変わらない。そうやって信頼関係を築いて行きました。

押し付けのコンサルタントではなく、お願いされるコンサルタント

それでも、一時的な軋轢や反・晴山派など衝突はなかったですか?

僕は高圧的に話さないんですね。意見が相反することがあっても、結構軽く「あー、それいいかも知れないですねー」とか言うんです。
というかキャラ勝ちですかね。年上の店長が喧嘩を吹っ掛ける気にならない(笑)。
僕が上司としてやってあげて一番喜ばれるのは、みんなのお給料を上げるってことだったんですよ。ですから、好きなようにやってもいいけど給料上がらないよ。僕の言う通りやってたらお給料上がるよって。で、半年一年やってみると、結果本当に給料が上がったので喜ばれました。
押し付けのコンサルタントではなく、お願いされるコンサルタントになっていけば、自然と組織は構築されますし、信頼関係が築かれましたね。